・・・ 伝右衛門は、座につくと、太い眉毛を動かしながら、日にやけた頬の筋肉を、今にも笑い出しそうに動かして、万遍なく一座を見廻した。これにつれて、書物を読んでいたのも、筆を動かしていたのも、皆それぞれ挨拶をする。内蔵助もやはり、慇懃に会釈をし・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・お嬢さんは何も眉毛ばかり美しかった訣ではない。目もまた涼しい黒瞳勝ちだった。心もち上を向いた鼻も、……しかしこんなことを考えるのはやはり恋愛と云うのであろうか?――彼はその問にどう答えたか、これもまた記憶には残っていない。ただ保吉の覚えてい・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・けれども忽ち彼の顔に、――就中彼の薄い眉毛に旧友の一人を思い出した。「やあ、君か。そうそう、君は湖南の産だったっけね。」「うん、ここに開業している。」 譚永年は僕と同期に一高から東大の医科へはいった留学生中の才人だった。「き・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・りりしい眉毛を、とぼけた顔して、「――少しばかり、若旦那。……あまりといえば、おんぼろで、伺いたくても伺えなし、伺いたくて堪らないし、損料を借りて来ましたから、肌のものまで。……ちょっと、それにお恥かしいんだけど、電車賃……」・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・「旦那、眉毛に唾なとつけっしゃれい。」「えろう、女狐に魅まれたなあ。」「これ、この合羽占地茸はな、野郎の鼻毛が伸びたのじゃぞいな。」 戻道。橋で、ぐるりと私たちを取巻いたのは、あまのじゃくを訛ったか、「じゃあま。」と言い、「・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・おとなしい、その優しい眉毛を、落したらどうしましょう。」「その事ですかい。」 と、ちょっと留めた剃刀をまた当てた。「構やしません。」「あれ、目の縁はまだしもよ、上は止して、後生だから。」「貴女の襟脚を剃ろうてんだ。何、こ・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・田所さんは仏家の出で、永年育児事業をやっている眉毛の長い人で、冗談を言ってはひょいと舌を出す癖のあるおもしろい人でした。田所さんのお嬢さんは舞をならっているそうです。 新聞にはその日のうちに西と東に別れたように書いていたけれど、秋山さん・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・軽部は小柄なわりに顔の造作が大きく、太い眉毛の下にぎょろりと眼が突き出し、分厚い唇の上に鼻がのしかかっていて、まるで文楽人形の赤面みたいだが、彼はそれを雄大な顔と己惚れていた。けれども、顔のことに触れられると、何がなしいい気持はしなかった。・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 小沢は眉毛まで情けなく濡れ下りながら、呟いた。 長い間、雨の中を傘なしで歩いて来たので、下着を透して毛穴まで濡れていた。五月だが、寒く、冷たい。「しかし、この娘の方がもっと寒いだろう」 ガタガタ顫えている娘の身ぶるいを感ず・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・容貌は長い方で、鼻も高く眉毛も濃く、額は櫛を加えたこともない蓬々とした髪で半ばおおわれているが、見たところほどよく発達し、よく下品な人に見るような骨張ったむげに凸起した額ではない。 音の力は恐ろしいもので、どんな下等な男女が弾吹しても、・・・ 国木田独歩 「女難」
出典:青空文庫