・・・ 夜が明けると、沖は真っ暗で、ものすごい景色でありました。その夜、難船をした船は、数えきれないほどであります。 不思議なことには、その後、赤いろうそくが、山のお宮に点った晩は、いままで、どんなに天気がよくても、たちまち大あらしとなり・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・天使は、真っ暗な中にいて、いま汽車が、どこを通っているかということはわかりませんでした。 そのとき、汽車は、野原や、また丘の下や、村はずれや、そして、大きな河にかかっている鉄橋の上などを渡って、ずんずんと東北の方に向かって走っていたので・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・月が円く、東の空から上る晩も、また、黒雲が出て外の真っ暗な晩も、こうもりは、りんご畑の上を飛びまわりました。その年は、りんごに虫がつかずよく実って、予想したよりも、多くの収穫があったのであります。村の人々は、たがいに語らいました。「牛女・・・ 小川未明 「牛女」
・・・また、真っ暗な晩、風に吹きつけられて、身をゆすぶられていることもありました。もし、こうして、だれもかまわんでいたら、私の体には、いくつも小さな穴があいてしまって、もはや永久に、役に立たなくなるであろうと悲しんでいました。 虫や鳥などは、・・・ 小川未明 「煙突と柳」
・・・この分でいたら、すぐ四辺が真っ暗になるだろう。そして、そのうちに手足は凍えて、腹は空いて、自分は、このだれも人の通らない荒野の中で倒れて死んでしまわなければならぬだろうと考えました。 ちょうど、そのときであります。真っ黒な雲を破って、青・・・ 小川未明 「宝石商」
・・・ 森に、山に、林に、みんなほかの鳥は昼間太陽の輝いている間は、おもしろく、楽しく、こずえからこずえにさえずり渡っているのを、独り、昼間は眠って、真っ暗な夜の間眠ることができずに、反対にないている鳥があります。これは、昔、かごから逃げてい・・・ 小川未明 「めくら星」
夜の八時を過ぎると駅員が帰ってしまうので、改札口は真っ暗だ。 大阪行のプラットホームにぽつんと一つ裸電燈を残したほか、すっかり灯を消してしまっている。いつもは点っている筈の向い側のホームの灯りも、なぜか消えていた。・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・狐につままれた気持だった。真っ暗になった気持の中で、たった一筋、「あッ、凄いデマを飛ばしたな」 という想いが私を救った。「――今日は四月馬鹿じゃないか」 そうだ、四月馬鹿だ、こりゃ武田さんの一生一代の大デマだと呟きながら、私・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・で後へ倚り掛れるようになった椅子に並んで掛けた時、私ははじめてほっとしてあたりに客の尠いのを喜びながら汗を拭いたが、やがて天井に映写された星のほかには彼女の少し上向きの低い鼻の頭も見えないくらい場内が真っ暗になると、この暗がりをもっけの倖い・・・ 織田作之助 「世相」
・・・蛙が真っ暗な鳴声を立てている。池の左手には黒ぐろとした校舎がやもりのような背中を見せて立っている。柵がある。その柵と池の間の小径を行くのだが、二人並んで歩けぬくらい狭く、生い茂った雑草が夜露に濡れ、泥濘もあるので、草履はすぐべとべとになり、・・・ 織田作之助 「道」
出典:青空文庫