・・・「江戸中で仇討の真似事が流行ると云う、あの話でございます。」 藤左衛門は、こう云って、伝右衛門と内蔵助とを、にこにこしながら、等分に見比べた。「はあ、いや、あの話でございますか。人情と云うものは、実に妙なものでございます。御一同・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ けれども律儀な老訓導は無口な私を聴き上手だと見たのか、なおポソポソと話を続けて、「……ここだけの話ですが、恥を申せばかくいう私も闇屋の真似事をやろうと思ったんでがして、京都の堀川で金巾……宝籤の副賞に呉れるあの金巾でがすよ、あれを・・・ 織田作之助 「世相」
・・・隅の方で小僧が二人掛け合いで真似事の英語を饒舌っている。竹村君は前屈みになって硝子箱の中に並べたまじょりか皿をあれかこれかと物色しているが、頭の上の瓦斯の光は薄汚い鼠色の襟巻を隠す所もなく照らしている。元気よく小僧を呼んで、手に取り上げた一・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・ 何も彼も、そう熱中しないでもよさそうではあるけれ共、どうせ、少し真似事位出来るなら達者になりたいと思う。こんな事にでも私の人にまけたくない気持が現れる。 宮本百合子 「短歌」
父が開業をしていたので、花房医学士は卒業する少し前から、休課に父の許へ来ている間は、代診の真似事をしていた。 花房の父の診療所は大千住にあったが、小金井きみ子という女が「千住の家」というものを書いて、委しくこの家の事を・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
出典:青空文庫