・・・僕なんかにはちょっと真似ができそうにないね。考えてみるとおやじ一代の苦労なんてたいへんなものだったろうよ。ただこれで、第一公式なんていうことなしに、ポカポカとすましてこられるんだと申し分ないがなあ……」「たいていだいじょうぶでしょうよ。・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・勝子は返事のかわりに口真似をして峻の手のなかへ入って来た。そして峻は手をひいて歩き出した。 往来に涼み台を出している近所の人びとが、通りすがりに、今晩は、今晩は、と声をかけた。「勝ちゃん。ここ何てとこ?」彼はそんなことを訊いてみた。・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・母は直ぐ血相変て、「オヤそれは何の真似だえ。お可笑なことをお為だねえ。父上さんの写真が何だというの?」「どうかそう被仰らずに何卒お返しを。今日お持返えりの物を……」「先刻からお前可笑なことを言うね、私お前に何を借りたえ?」「・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・のようなのが、婦人として本性にかなった正常な姿ではなく、やはり社会の欠陥から生じた変態であって、われわれは早く東洋的な、理想的国家をつくって、東洋婦人が安んじてその本性を生かせるように、アメリカ婦人の真似をしなくてもいいようにしなければなら・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・と自語的に言って、チョイと片手で自分の頭を打つ真似をして笑った。「ハハハ」「ハハハ」と軽い笑で、双方とも役者が悪くないから味な幕切を見せたのでした。 海には遊船はもとより、何の舟も見渡す限り見えないようになっていました。吉はぐいぐいと漕・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・俺の後取りが出来たのだから、卑怯な真似までして此処を出たいなど考えなくてもよくなったからなア!」 と云った。それから一寸間を置いて何気ない風に笑い乍ら、「――そうすればお前の役目も大きくなるワケだ……。」 と云った。 お君は・・・ 小林多喜二 「父帰る」
・・・辛いがだんだん分ればおのずから灰汁もぬけ恋は側次第と目端が利き、軽い間に締りが附けば男振りも一段あがりて村様村様と楽な座敷をいとしがられしが八幡鐘を現今のように合乗り膝枕を色よしとする通町辺の若旦那に真似のならぬ寛濶と極随俊雄へ打ち込んだは・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ 三吉は子供らしい手付で水を切る真似をして見せた。さもうまそうなその手付がおげんを笑わせた。「東京の兄さん達も何処かで泳いでいるだらずかなあ」 とまた三吉が思出したように言った。この子はおげんが三番目の弟の熊吉から預った子で、彼・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・この群の男等はこの青年の真似をして、みな帽を脱いでそれを振り動かして叫んだ。なんでも我慢の出来ないほど自分達の上に加えられていた抑圧をこの叫声で跳ね退けるのではないかと思われた。「雪はもうおしまいだ。今に春が来る。そして春になればまた為事が・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・親指と小指と、そして襷がけの真似は初やがこと。その三人ともみんな留守だと手を振る。頤で奥を指して手枕をするのは何のことか解らない。藁でたばねた髪の解れは、かき上げてもすぐまた顔に垂れ下る。 座敷へ上っても、誰も出てくるものがないから勢が・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
出典:青空文庫