・・・にかゝれた戦争よりも、真実味の程度に於て、純粋で、はるかにしのいでいる。トルストイのような古今無双の天才でも、自分が実際行ったセバストポールと、想像と調査が書いた「戦争と平和」に於ける戦争とには、段がついている。「セバストポール」には、・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・宗保は、薪を積みに行くという真実味をよそうため、途中で猫車をかりて、引っぱって山へ行く坂の道を登りだした。「今日は、どうするにも駄目だよ。」彼の眼は二人に語った。「俺れんちの薪を積む手伝いでもして呉れろよ。」 スパイは、三人が集った・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・しかし、出てくる軍人も戦争の状景も、通俗小説のそれで、ひどく真実味に乏しい。それに、この一篇の主題は戦争ではなく浪子の悲劇にある。だから、ここで戦争文学として取扱うことは至当ではないが、たゞこれが当時の多くの大衆に愛誦された理由が、浪子の悲・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・グリーンランドのどの辺を舞台にしたものか不明なのが遺憾ではあるが、とにかく先ず極地の夏のフィヨルドの景色の荒涼な美しさだけでも、普通の動かない写真では到底見られぬ真実味をもって観客に迫ってくるようである。それからまた、この映画の中に描写され・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・それを一口飲んだ時の頬の筋肉の動きにちょっと説明のできない真実味があると思った。 病犬を射殺するやや感傷的な場面がある。行きには人と犬との足跡のついた同じ道を帰りはただ人だけが帰ってくるのである。安価な感傷と評した人もあったがしかしそれ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・が生まれて三日ぐらいだという場面で、母馬の乳をしゃぶりながらかんしゃくを起して親の足をぽんぽんける、そのやんちゃぶりや、また、けられても平気ですましている母の態度や、実に涙が出るほどかわいくおもしろい真実味があふれている。 悍馬を慣らす・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・もう少しあたりまえの日本人のあたりまえの表情をすることによってかえって真実味を深めるくふうはないものであろうか。われわれの日常生活において日常交渉のあるさまざまな人間の生きたタイプを映出することができないものであろうか。現在ではただ与えられ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
出典:青空文庫