・・・ 一層飾り気ない真心で彼女はインガに云った。「――どうして、あんた、そんな工合に云いなさるんです? まるで私が涙の味も知らず、あんたの苦しみを見もしないように。私は、あなたでさえあれだけ愛しなすったかどうかあやしい程ミーチャを愛して・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ 作者が、私の想像するように、早苗を真心から愛したく思っていたのに、彼の性格的な運命から事は悉く失敗し、最後に彼を捕えたのは、愛でもなく、沈思でもなく、何処までも彼を追い立てて行く武将の野心であったとするならば、最後の一句は、決して、其・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・におけるゲーブルとクロフォードとのユーモラスなものの下に語られる男の真心というようなものの方がさっぱりしていて、笑えるだけでも成功であったと思う。ぎょうぎょうしくて、しかも愚劣であったのは「恋人の日記」である。 映画における恋愛的な場面・・・ 宮本百合子 「映画の恋愛」
・・・ 思いがけぬ醜い仮面の陰に箇人主義の真心は歎いて居る。 自己完成に思い至らぬ人の心をかこって居る。 私は、何のはばかる物もなく、箇人主義は即ち自己の完成主義であると叫ぶ。 永劫不変の真の中に、絶えずえんえんと焔を吐く太陽に向・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・米子さんは、国民学校へつとめて病夫と自分の生活をささえ、大町氏の最後までかわることない真心をかたむけつくした。 大町さんは、御良人の葬儀がおわるとほとんどすぐ上京して来た。そして、「ほんとうに、しばらく……」と力をこめていって、あとは何・・・ 宮本百合子 「大町米子さんのこと」
・・・カールは、この父を真心から愛し、尊敬した。父の五十五回目の誕生日のとき、ベルリン大学にいた十九歳のカールはお祝として、それ迄につくった四十篇の詩と、悲劇の一幕と、喜劇小説の数章とをまとめて「永久の愛のわずかなしるしとして」この高貴な人がらを・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ 人と人との真心のこもったいたわり、饒舌でない思いやり、骨惜しみない扶け合い、そういうものが新しい結婚や家庭の生活にますますゆたかにされなければならず、そういう潤沢なあふれる心は、つまり今日の波濤の間で私たちの明日が不測であるからこそ、・・・ 宮本百合子 「家庭創造の情熱」
・・・ 白衣の祭官二人は二親の家を、同胞の家を出て行こうとする霊に優い真心のあふれる祭詞を奉り海山の新らしい供物に□□(台を飾って只安らけく神々の群に交り給えと祈りをつづける。 御玉串を供えて、白絹に被われる小さい可愛らしい棺の前にぬかず・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ 栄三郎の小女お君は、内気に真心をつくしているのがしおらしかった。 一幕目で、朋輩の饒舌に仲間入りもせず、裏からお絹の舞台を一心に見ているところ、お絹が病気になってから、芝居の端にも、心は病床の主人にひかれている素振りが見え、真情に・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
情けないことだが、一時のこととしても親に左様ならという覚悟をするしかないでしょう。その上、根気よく互に解り合おうとする真心を失わずにやって行く。〔一九二四年十月〕 宮本百合子 「結婚に際して親子の意見が相違した場合は」
出典:青空文庫