・・・私は先達ても今日の通り、唯一色の黒の中に懶い光を放っている、大きな真珠のネクタイピンを、子爵その人の心のように眺めたと云う記憶があった。……「どうです、この銅版画は。築地居留地の図――ですか。図どりが中々巧妙じゃありませんか。その上明暗・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・白天鵞絨の蓋を明けると、一つには真珠の、他の一つには土耳古玉の指環がはいっている。「久米さんに野村さん。」 今度は珊瑚珠の根懸けが出た。「古風だわね。久保田さんに頂いたのよ。」 その後から――何が出て来ても知らないように、陳・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・そこには薔薇の花の咲き乱れた路に、養殖真珠の指環だの翡翠まがいの帯止めだのが、数限りもなく散乱している。夜鶯の優しい声も、すでに三越の旗の上から、蜜を滴すように聞え始めた。橄欖の花のにおいの中に大理石を畳んだ宮殿では、今やミスタア・ダグラス・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・とアッシジで歌われたその髪を、真珠紐で編んで後ろに垂れ、ベネチヤの純白な絹を着た。家の者のいない隙に、手早く置手紙と形見の品物を取りまとめて机の引出しにしまった。クララの眼にはあとからあとから涙が湧き流れた。眼に触れるものは何から何までなつ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 一足進むと、歩くに連れ、身の動くに従うて、颯と揺れ、溌と散って、星一ツ一ツ鳴るかとばかり、白銀黄金、水晶、珊瑚珠、透間もなく鎧うたるが、月に照添うに露違わず、されば冥土の色ならず、真珠の流を渡ると覚えて、立花は目が覚めたようになって、・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・の常用だった粗末な手ぶんこの中に、なおざりにちょっと半紙に包んで、といけぞんざいに書いたものを開けると、水晶の浄土珠数一聯、とって十九のまだ嫁入前の娘に、と傍で思ったのは大違い、粒の揃った百幾顆の、皆真珠であった。 姉娘に養子が出来て、・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・ 裸体に、被いて、大旗の下を行く三人の姿は、神官の目に、実に、紅玉、碧玉、金剛石、真珠、珊瑚を星のごとく鏤めた羅綾のごとく見えたのである。 神官は高足駄で、よろよろとなって、鳥居を入ると、住居へ行かず、階を上って拝殿に入った。が、額・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・星は真珠のように輝いています。その夜、町の方からは、これまでにないよい音色が聞こえてきました。その音はいつもよりにぎやかそうで、また複雑した音色のように思われました。さよ子はまたそこまでいってみたくなりました。 彼女はまた、その家の窓の・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・ ただ一つ、そのおじいさんの持っていたバイオリンにめぐりあうのに、頼みとするのは、小さな星のような真珠が、握り手のところにはいっていたことです。少年は、ふるさとに近い町の道具屋は一軒のこらずにきいて歩きました。「真珠の小さな珠が、握・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・ ある日のこと、正雄さんは、ただ一人で海の方から吹いてくる涼しい風に吹かれながら波打ちぎわを、あちらこちらと小石や貝がらを見つけながら歩いて、「見つかれしょ、見つかれしょ、己の目に見つかれしょ。真珠の貝がら見つかれしょ。」といいました・・・ 小川未明 「海の少年」
出典:青空文庫