・・・ 旅商人の脊に負える包の中には赤きリボンのあるか、白き下着のあるか、珊瑚、瑪瑙、水晶、真珠のあるか、包める中を照らさねば、中にあるものは鏡には写らず。写らねばシャロットの女の眸には映ぜぬ。 古き幾世を照らして、今の世にシャロットにあ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・細長い薄紅の端に真珠を削ったような爪が着いて、手頃な留り木を甘く抱え込んでいる。すると、ひらりと眼先が動いた。文鳥はすでに留り木の上で方向を換えていた。しきりに首を左右に傾ける。傾けかけた首をふと持ち直して、心持前へ伸したかと思ったら、白い・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・僕の魂の生み出した真珠のような未成品の感情を君は取て手遊にして空中に擲ったのだ。忽ち親み、忽ち疎ずるのが君の習で、咬み合せた歯をめったに開かず、真心を人の腹中に置くのが僕の性分であった。不遠慮に何にでも手を触れるのが君の流儀で、口から出かか・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・月の光は真珠のように、すこしおぼろになり、柏の木大王もよろこんですぐうたいました。「雨はざあざあ ざっざざざざざあ 風はどうどう どっどどどどどう あられぱらぱらぱらぱらったたあ 雨はざあざあ ざっざざざざざあ」「あっだ・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・その葉はぐるぐるに縮れ葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞が赤い毛を吐いて真珠のような実もちらっと見えたのでした。それはだんだん数を増して来てもういまは列のように崖と線路との間にならび思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向う側の窓を見まし・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・自ら生得の痴愚にあき人生の疲れを予感した末世の女人にはお身の歓びは 分ち与えられないのだろうか真珠母の船にのりアポロンの前駆で生を双手に迎えた幸運のアフロディテ *ああ、劇しい嵐。よい・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・寛のこの人生と歴史へのテーマの本質のありようが、芥川とどんなに相反するものであったかということは、大正末期、欧州大戦後の日本の社会が画期的波瀾にめぐり会ったとき、芥川はあのような生涯をとじ、菊池寛は「真珠夫人」等によって大衆文学の領域に進み・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・板塀の上に二三尺伸びている夾竹桃の木末には、蜘のいがかかっていて、それに夜露が真珠のように光っている。燕が一羽どこからか飛んで来て、つと塀のうちに入った。 数馬は馬を乗り放って降り立って、しばらく様子を見ていたが、「門をあけい」と言った・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・鼻の頭に真珠を並べたように滲み出している汗までが、約束通りに、遺れられずにいた。 一枚板とは実に簡にして尽した報告である。知識の私に累せられない、純樸な百姓の自然の口からでなくては、こんな詞の出ようが無い。あの報告は生活の印象主義者の報・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・桂離宮の玄関前とか、大徳寺真珠庵の方丈の庭とかは、その代表的なものと言ってよい。嵯峨の臨川寺の本堂前も、二十七、八年前からそういう苔庭になっている。こういう杉苔は、四季を通じて鮮やかな緑の色調を持ち続け、いつも柔らかそうにふくふくとしている・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫