・・・ と、甘谷という横肥り、でぶでぶと脊の低い、ばらりと髪を長くした、太鼓腹に角帯を巻いて、前掛の真田をちょきんと結んだ、これも医学の落第生。追って大実業家たらんとする準備中のが、笑いながら言ったのである。 二人が、この妾宅の貸ぬしのお・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・一足飛び、飛ぶは木の葉か沈むは石田か、徳川の流れに泛んだ、葵を目掛けて、丁と飛ばした石田が三成、千成瓢箪押し立てりゃ、天下分け目の大いくさ、月は東に日は西に、沈めまいとて買うて出る、価は六文銭の旗印、真田が城にひるがえりゃ、狸が泣いて猿めが・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
緒言 子供の時分に、学校の読本以外に最初に家庭で授けられ、読むことを許されたものは、いわゆる「軍記」ものであった。すなわち、「真田三代記」、「漢楚軍談」、「三国志」といったような人間味の希薄なものを読みふ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・「狐の裁判」の翻訳書を貸してくれた人である。「漢楚軍談」「三国志」「真田三代記」の愛読者であったところの明治二十年ごろの田舎の子供にこのライネケフックスのおとぎ話はけだし天啓の稲妻であった。可能の世界の限界が急に膨張して爆発してしまったよう・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・道具を入れた笊を肩先から巾広の真田の紐で、小脇に提げ、デーイデーイと押し出すような太い声。それをば曇った日の暮方ちかい頃なぞに聞くと、何とも知れず気味のわるい心持がしたものである。 鳥さしの姿を見るのもその頃は人のいやがったものである。・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・よほど遠くから出て来るものと見え、いつでも鞋に脚半掛け尻端打という出立で、帰りの夜道の用心と思われる弓張提灯を腰低く前で結んだ真田の三尺帯の尻ッぺたに差していた。縁日の人出が三人四人と次第にその周囲に集ると、爺さんは煙管を啣えて路傍に蹲踞ん・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・の水や長沙の裏長屋追剥を弟子に剃りけり秋の旅鬼貫や新酒の中の貧に処す鳥羽殿へ五六騎いそぐ野分かな新右衛門蛇足をさそふ冬至かな寒月や衆徒の群議の過ぎて後 高野隠れ住んで花に真田が謡かな 歴史を借りて古人を・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・裏は、人力車一台やっと通る細道が曲りくねって、真田男爵のこわい竹藪、藤堂伯爵の樫の木森が、昼間でも私に後を振返り振返りかけ出させた。 袋地所で、表は狭く却って裏で間口の広い家であったから、勝ち気な母も不気味がったのは無理のない事だ。又実・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
出典:青空文庫