・・・僕等はその後姿を、――一人は真紅の海水着を着、もう一人はちょうど虎のように黒と黄とだんだらの海水着を着た、軽快な後姿を見送ると、いつか言い合せたように微笑していた。「彼女たちもまだ帰らなかったんだな。」 Mの声は常談らしい中にも多少・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・ 逆光線になったM子さんの姿は耳だけ真紅に透いて見えます。僕は何か義務に近いものを感じ、M子さんの隣に立つことにしました。「あなたのお部屋は涼しいでしょう。」「ええ、……でも手風琴の音ばかりして。」「ああ、あの気違いの部屋の・・・ 芥川竜之介 「手紙」
・・・花は真紅の衣蓋に黄金の流蘇を垂らしたようである。実は――実もまた大きいのはいうを待たない。が、それよりも不思議なのはその実は核のあるところに美しい赤児を一人ずつ、おのずから孕んでいたことである。 むかし、むかし、大むかし、この木は山谷を・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・お母さんの顔が真蒼で、手がぶるぶる震えて、八っちゃんの顔が真紅で、ちっとも八っちゃんの顔みたいでないのを見たら、一人ぼっちになってしまったようで、我慢のしようもなく涙が出た。 お母さんは僕がべそをかき始めたのに気もつかないで、夢中になっ・・・ 有島武郎 「碁石を呑んだ八っちゃん」
・・・ と、この一廓の、徽章とも言つべく、峰の簪にも似て、あたかも紅玉を鏤めて陽炎の箔を置いた状に真紅に咲静まったのは、一株の桃であった。 綺麗さも凄かった。すらすらと呼吸をする、その陽炎にものを言って、笑っているようである。 真赤な・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・…… 桃も桜も、真紅な椿も、濃い霞に包まれた、朧も暗いほどの土塀の一処に、石垣を攀上るかと附着いて、……つつじ、藤にはまだ早い、――荒庭の中を覗いている――絣の筒袖を着た、頭の円い小柄な小僧の十余りなのがぽつんと見える。 そいつ・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・「ヒ、ヒ、ヒ、空ざまに、波の上の女郎花、桔梗の帯を見ますと、や、背負守の扉を透いて、道中、道すがら参詣した、中山の法華経寺か、かねて御守護の雑司ヶ谷か、真紅な柘榴が輝いて燃えて、鬼子母神の御影が見えたでしゅで、蛸遁げで、岩を吸い、吸い、・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・左の目が真紅になって、渋くって、辛くって困りました時、お雪さんが、乳を絞って、つぎ込んでくれたのです。 走りはしません、ぽたぽたぐらい。一人児だから、時々飲んでいたんですが、食が少いから涸れがちなんです。私を仰向けにして、横合から胸・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 春の彼岸が過ぎて、桜の花が散ったころ一つの鉢から真紅な花が開きました。その花は、あまりに美しくもろかったのであります。そして、その日の黄昏方、吹いてくる風に散ってしまいました。 もう一つの鉢からは、青い色の花が咲きました。しかし、・・・ 小川未明 「青い花の香り」
川の中に、魚がすんでいました。 春になると、いろいろの花が川のほとりに咲きました。木が、枝を川の上に拡げていましたから、こずえに咲いた、真紅な花や、またうす紅の花は、その美しい姿を水の面に映したのであります。 なんのたのしみも・・・ 小川未明 「赤い魚と子供」
出典:青空文庫