・・・顔は真青でした。眼は飛び出しそうに見開いていました。今の波一つでどこか深い所に流されたのだということを私たちはいい合わさないでも知ることが出来たのです。いい合わさないでも私たちは陸の方を眼がけて泳げるだけ泳がなければならないということがわか・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・ 森も畑も見渡すかぎり真青になって、掘立小屋ばかりが色を変えずに自然をよごしていた。時雨のような寒い雨が閉ざし切った鈍色の雲から止途なく降りそそいだ。低味の畦道に敷ならべたスリッパ材はぶかぶかと水のために浮き上って、その間から真菰が長く・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・通りの海添いに立って見ると、真青な海の上に軍艦だの商船だのが一ぱいならんでいて、煙突から煙の出ているのや、檣から檣へ万国旗をかけわたしたのやがあって、眼がいたいように綺麗でした。僕はよく岸に立ってその景色を見渡して、家に帰ると、覚えているだ・・・ 有島武郎 「一房の葡萄」
・・・信也氏が早急に席を出た時、つまの蓼を真青に噛んで立ったのがその画伯であった。「ああ、やっと、思出した……おつまさん。」「市場の、さしみの……」 と莞爾する。「おさらいは構わないが、さ、さしあたって、水の算段はあるまいか、・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・が、気勢がしたか、ふいに真青な顔して見ると、寂しい微笑を投げて、すっと下りたのである。 隣室には、しばらく賤げに、浅ましい、売女商売の話が続いた。「何をしてうせおる。――遅いなあ。」 二度まで爺やが出て来て、催促をされたあとで、・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・……白い桔梗でへりを取った百畳敷ばかりの真青な池が、と見ますと、その汀、ものの二……三……十間とはない処に……お一人、何ともおうつくしい御婦人が、鏡台を置いて、斜めに向かって、お化粧をなさっていらっしゃいました。 お髪がどうやら、お召も・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・更紗の掻巻を撥ねて、毛布をかけた敷布団の上に胡座を掻いたのは主の新造で、年は三十前後、キリリとした目鼻立ちの、どこかイナセには出来ていても、真青な色をして、少し腫みのある顔を悲しそうに蹙めながら、そっと腰の周囲をさすっているところは男前も何・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・時には手帛を赤く染め、またはげしい息切れが来て真青な顔で暗い街角にしゃがんだまま身動きもしない。なにか動物的な感覚になって汚いゴミ箱によりかかったりしている。当然街は彼を歓迎せず、豚も彼を見ては嘔吐を催したであろう。佐伯自身も街にいる自分が・・・ 織田作之助 「道」
・・・星の光っている空は真青であった。道を見分けてゆく方法は昼間の方法と何の変わったこともなかった。道を染めている昼間のほとぼりはなおさらその感じを強くした。 突然私の後ろから風のような音が起こった。さっと流れて来る光のなかへ道の上の小石が歯・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・西の山懐より真直に立ちのぼる煙の末の夕日に輝きて真青なるをみつめしようなり。「紀州は親も兄弟も家もなき童なり、我は妻も子もなき翁なり。我彼の父とならば、彼我の子となりなん、ともに幸いならずや」独語のようにいうを人々心のうちにて驚きぬ、こ・・・ 国木田独歩 「源おじ」
出典:青空文庫