・・・そして強い眩しい日光の中にキラキラして飛んでいる蜂の幻影が妙に淋しいものに思われて仕方がなかった。 ある日何かの話のついでにSにこの話をしたら、Sは私とはまるでちがった解釈をした。蜂は場所が悪いから断念して外へ移転したのだろうというので・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・隣りの文房具店の前へ来るとしばらく店口の飾りを眺めていたが戸を押し開けてはいって行った。眩しいような瓦斯燈の下に所狭く並べた絵具や手帳や封筒が美しい。水色の壁に立てけけた真白な石膏細工の上にパレットが懸って布細工の橄欖の葉が挿してある。隅の・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・新聞は眩しいほど、それ等の事を並べたてた。 それは、富士山の頂上を、ケシ飛んで行く雲の行き来であった。 麓の方、巷や、農村では、四十年来の暑さの中に、人々は死んだり、殺したり、殺されたりした。 空気はムンムンして、人々は天ぷらの・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・そして、楢夫は、眩しいひるまの草原の中に飛び出しました。そして草に足をからまれてばったり倒れました。そこは林に囲まれた小さな明地で、小猿は緑の草の上を、列んでだんだんゆるやかに、三べんばかり廻ってから、楢夫のそばへやって来ました。大将が鼻を・・・ 宮沢賢治 「さるのこしかけ」
・・・彼女は日やけした小手をかざして、眩しい耕地の果、麦輸送の「エレバートル」の高塔が白く燦いている方を眺めた。キャンプの車輪の間の日かげへ寝ころがって、休み番の若い農業労働者が二、三人、ギターを鳴らして遊んでいる。 郵便局、農場新聞発行所。・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・この二階はひどく西日がさして眩しいので、疲れてこまっているので、たまにこうして雨が降ると私はホッとして、ああたすかったと思います。同時にこの点でだけはすこしあなたの利害とちがっていると苦笑するの。きょうは眼鏡をとりかえることをやりました。慶・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 洋罫紙の綴じたのに、十月――日と日附けをして書きながら、彼女は、カアッと眩しいように明るかった自分の上に、また暗い、冷たい陰がさして来るのを感じた。 すぐよかに、いみじかれ 我が乙女子よ……。 声高な独唱につれて・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・それで、勉強にはふさわしくない眩しい反射が頁の上に出来ているのにかまわず、若い専門学校の女生徒らしい人たちがあちらこちらにかなり多勢読んでいる。婦人閲覧室が別になっていたとき、その室には女ばかりの空気があって女学校の寄宿舎の勉強室のようであ・・・ 宮本百合子 「図書館」
・・・鹿児島でも、快晴であったし、眩しい程明るくもう夏のように暑かった故か、長崎が雨なのは却って一つの変化でよかった。私共は、急に思い立って来たので、宿も定めてはない。先年、長崎ホテルに泊って、そのさびれた趣をひどく長崎らしいと味った知人から、名・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・ と、仲間の一人が、ふざけるような様子をして頭を擡げ、眩しい眼をしばたたきながら、フト自分等の上に来かかる子供を見上げた。「オヤ、まあ」 サヤサヤ、サヤサヤ……葉どもは一斉に身をそらせて彼を見る。「アラ、人間の子よ」「ま・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫