・・・そこへほとんど、眼球がとび出しそうに眼を見開いた、血相の変っている日本騎兵の顔が、大きな口を開きながら、突然彼の馬の前に跳り出した。赤い筋のある軍帽が、半ば裂けた間からは、いが栗坊主の頭が覗いている。何小二はそれを見ると、いきなり軍刀をふり・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・両手をわなわなふるわせて、肩で息を切りながら、眼を、眼球がの外へ出そうになるほど、見開いて、唖のように執拗く黙っている。これを見ると、下人は始めて明白にこの老婆の生死が、全然、自分の意志に支配されていると云う事を意識した。そうしてこの意識は・・・ 芥川竜之介 「羅生門」
・・・私の疲れた眼球には、しみじみとした、この世のものでない休息が伝わって来る。 仔猫よ! 後生だから、しばらく踏み外さないでいろよ。お前はすぐ爪を立てるのだから。 梶井基次郎 「愛撫」
・・・「寧ろこの使用い古るした葡萄のような眼球をり出したいのが僕の願です!」と岡本は思わず卓を打った。「愉快々々!」と近藤は思わず声を揚げた。「オルムスの大会で王侯の威武に屈しなかったルーテルの胆は喰いたく思わない、彼が十九歳の時学友・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・竹骨の窓から夕日が、牛の眼球に映っていた。蠅が一ツ二ツ牛の傍でブン/\羽をならしてとんでいた。……「畜生!」父は稲束を荷って帰った六尺棒を持ってきて、三時間ばかり、牛をブンなぐりつゞけた。牛にすべての罪があるように。「畜生! おどれ・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
・・・それですから善女が功徳のために地蔵尊の御影を刷った小紙片を両国橋の上からハラハラと流す、それがケイズの眼球へかぶさるなどという今からは想像も出来ないような穿ちさえありました位です。 で、川のケイズ釣は川の深い処で釣る場合は手釣を引いたも・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・眼蓋が腫れて顔つきが変ってしまい、そうしてその眼蓋を手で無理にこじあけて中の眼球を調べて見ると、ほとんど死魚の眼のように糜爛していた。これはひょっとしたら、単純な結膜炎では無く、悪質の黴菌にでも犯されて、もはや手おくれになってしまっているの・・・ 太宰治 「薄明」
・・・ むかし、デンマークの或るお医者が、難破した若い水夫の死体を解剖して、その眼球を顕微鏡でもって調べその網膜に美しい一家団欒の光景が写されているのを見つけて、友人の小説家にそれを報告したところが、その小説家はたちどころにその不思議の現象に・・・ 太宰治 「雪の夜の話」
・・・この人の出し得る極度の大きな声を出しているという事は、その顔色が紫がかる程に赤く光沢を帯びて、眼球が飛び出しそうな程に眼を見開いている事からもおおよそ察せられた。 壇に向かって後ろ上がりに何列となく並んだ椅子の列には、色々の服装をした、・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
・・・ かりに固体で空気と同じ屈折率を有する物質があるとして、人間の眼球がそうした物質でできているとしたらどうであろうか。その場合には目のレンズはもはや光を収斂するレンズの役目をつとめることができなくなる。網膜も透明になれば光は吸収されない。・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫