・・・雪国の冬だけれども、天気は好し、小春日和だから、コオトも着ないで、着衣のお召で包むも惜しい、色の清く白いのが、片手に、お京――その母の墓へ手向ける、小菊の黄菊と白菊と、あれは侘しくて、こちこちと寂しいが、土地がら、今時はお定りの俗に称うる坊・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・『オヤいないのだよ』と去ってしまった、それから五分も経ったか、その間身動きもしないで東の森をながめていたが、月の光がちらちらともれて来たのを見て、彼は悠然立って着衣の前を丁寧に合わして、床に放棄ってあった鳥打ち帽を取るや、すたこらと梯子段を・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・そうしてその科学界を組織する学者の研究と発見とに対しては、その比較的価値所か、全く自家の着衣喫飯と交渉のない、徒事の如く見傚して来た。そうして学士会院の表彰に驚ろいて、急に木村氏をえらく吹聴し始めた。吹聴の程度が木村氏の偉さと比例するとして・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・白い着衣に銀の沓をはいてまぼしい様なかおをうつむけてシリンクスが向うの木のかげから出て来る。かすかな風に黄金色の髪が一二本かるそうに散って居る。手には大理石の壺を抱えて居る。何か考える様な風に見えて居る。三人の精霊は一っかた・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・スルスルと帯をとき着衣をぬぎお女郎ぐもの一っぱいに手をひろげた長襦袢一枚になった。鏡を台からはずして畳に置いた。女は笑いながらその上に座った。座った足、手、頭はみんな下のかがみにそのまんまうつって居る。かがみにうつる自分の目を女は見つめて物・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・勿論何のことか判然聞取なかったんですが、ある時茜さす夕日の光線が樅の木を大きな篝火にして、それから枝を通して薄暗い松の大木にもたれていらっしゃる奥さまのまわりを眩く輝かさせた残りで、お着衣の辺を、狂い廻り、ついでに落葉を一と燃させて行頃何か・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫