・・・そして、自分は、人のためとか、世の中のためとかいって、出歩いている矛盾した母親もありますが、子供の立場から見る時愛情の薄きに対して、不平を禁じ得ないでありましょう。 前にもいうが如く、子供は、母親を真とも善とも美とも見るのであります。即・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・この不自由な、醜い、矛盾と焦燥と欠乏と腹立たしさの、現実の生活から、解放される日は、そのときであるような気がしたのです。「おれは、こんな形のない空想をいだいて、一生終わるのでないかしらん。いやそうでない。一度は、だれの身の上にもみるよう・・・ 小川未明 「希望」
・・・ 言いかけて、お君を犯したことをふと想いだし、何か矛盾めくことを言うようだったから、簡単な訓戒に止めることにした。 軽部はお君と結婚したことを後悔した。しかし、お君が翌年の三月男の子を産むと、日を繰ってみて、ひやっとし、結婚してよか・・・ 織田作之助 「雨」
・・・現実を見る眼と、それを書く手の間にはつねに矛盾はなかったのだ。 ところが、ふとそれが出来なくなってしまったのだ。おかしいと新吉は首をひねった。落ちというのは、いわば将棋の詰手のようなものであろう。どんな詰将棋にも詰手がある筈だ。詰将棋の・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・婦人をその天与の生理にも、心理にも合わない労働戦線に狩り出して、男子のような競争をさせるのでなく、処女らしさ、妻らしさ、母らしさを保護し、育児と、美容とに矛盾しない範囲の労働にとどめしめることは、新しい社会の義務だと思うのである。天理の自然・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・社会関係の矛盾も、資本主義が発展した段階に於て遂行する戦争とプロレタリアートとの利害の相剋も、すべてが戦線に出された兵卒に反映し凝集する。それは加熱された水のようなものである。蒸気に転化する可能性を持っている。だから、兵卒に着目したことには・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ひとつもこの原則に撞着矛盾するものはない。ソコデ何故に物はかく螺線的運動をするのだというのが是非起る大疑問サ。僕がこの疑問に向ッて与うる説明は易々たるものだよ。曰くサ、「最も障碍の少き運動の道は必らず螺旋的なり」というので沢山サ。一体運動の・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・また事実において、しばしば矛盾もし、衝突もした。しかし、この矛盾・衝突は、ただ四囲の境遇のためによぎなくせられ、もしくは養成せられたので、その本来の性質ではない。いな、彼らは、完全に一致・合同しうべきもの、させねばならぬものである。動物の群・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・そういう私はいまだに都会の借家ずまいで、四畳半の書斎でも事は足りると思いながら、自分の子のために永住の家を建てようとすることは、われながら矛盾した行為だと考えたこともある。けれども、これから新規に百姓生活にはいって行こうとする子には、寝る場・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・道理だと思う部分も、結局は半面の道理たるに過ぎないから、矛盾した他の半面も同じように真理だと思う。こういう次第で心内には一も確固不動の根柢が生じない。不平もある、反抗もある、冷笑もある、疑惑もある、絶望もある。それでなお思いきってこれを蹂躙・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
出典:青空文庫