・・・しかし一度視角を転じて、ニイチェ的な暗示と、力調とのある直観的把握と高貴の徳との支配する世界に立つならば、日蓮のドグマと、矜恃と、ある意味で偏執狂的な態度とは興味津々たるものがあるのである。われわれは予言者に科学者の態度を要求してはならない・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・しかし大学にある間だけの費用を支えるだけの貯金は、恐ろしい倹約と勤勉とで作り上げていたので、当人は初めて真の学生になり得たような気がして、実に清浄純粋な、いじらしい愉悦と矜持とを抱いて、余念もなしに碩学の講義を聴いたり、豊富な図書館に入った・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・ピンポン大学の学生であるという矜持が、その不思議の現象の一誘因となって居るのである。伝統とは、自信の歴史であり、日々の自恃の堆積である。日本の誇りは、天皇である。日本文学の伝統は、天皇の御製に於いて最も根強い。 五七五調は、肉体化さ・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・日に十里を楽々と走破しうる健脚を有し、獅子をも斃す白光鋭利の牙を持ちながら、懶惰無頼の腐りはてたいやしい根性をはばからず発揮し、一片の矜持なく、てもなく人間界に屈服し、隷属し、同族互いに敵視して、顔つきあわせると吠えあい、噛みあい、もって人・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・超然として自ら矜持する所のものを有っていた。私の頃は高校ではドイツ語を少ししかやらなかったので、最初の一年は主として英語の注釈の附いたドイツ文学の書を読んだ。 その頃の哲学科は、井上哲次郎先生も一両年前に帰られ、元良、中嶋両先生も漸く教・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・論説を書いた人々は社会の木鐸であるというその時分愛好された表現そのままの責任と同時に矜持もあったことだと思う。或人は熱心に、新しい日本の黎明を真に自由な、民権の伸張された姿に発展させようと腐心し、封建的な藩閥官僚政府に向って、常に思想の一牙・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・とただし書を添えながら、元来友情は、お互が対等であって互に尊敬し合うことのできる矜持ということが重要な契機であるから、奴隷や暴君が真の友情をもち得ないということの強調としていられるのであった。 今の時代の生活の感情のなかに受けとって味わ・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・において苦悩が 衆生のものでなくして私ひとりのものであったら何を 矜持として 生きるものかという、ひろがりをもっている。けがれたまねは しまいと思うしっかりと 何よりもまず自らに立派で あ・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・それは芭蕉の時代にもう武士階級の経済基礎は商人に握られて不安になっており、したがって武士の矜恃というものも喪われ、人にすぐれて敏感だった芭蕉に、その虚勢をはった武士の生活が堪えがたかったことを語っている。 大きな商人の隠居だった西鶴はま・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・どんな男性が、どんな心情を抱いて接近して来るか、日本などより遙に多い危険が、女性自身の矜持で防止されているのです。 斯様にして交際しているうちに、多くの異性の中には、特に自分に興味を持ち、真実を抱いて来る者、又自らも抱く者が見出されて来・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
出典:青空文庫