知らざあ言って聞かせやしょう
歌舞伎「青砥稿花紅彩画 (あおとぞうしはなのにしきえ) 」(通称「白浪五人男」)第3幕、浜松屋店先の場で、弁天小僧が居直って正体を明かす長ぜりふの冒頭。
知らざるを知らずと為す是知るなり
《「論語」為政から》知らない事は、知らないと自覚すること、これが本当の知るということである。
知らぬが仏
知れば腹も立つが、知らないから仏のように平静でいられる。また、本人だけが知らないで平然としているのを、あざけっていう語。
知らぬは亭主ばかりなり
妻の不貞を周囲の者は知っていて、夫だけが気づかないこと。また、当人だけが知らないで平気でいることのたとえ。
知らぬ仏より馴染みの鬼
疎遠な人よりは、懇意にしている人のほうがまさるということ。
知る人ぞ知る
広く知られてはいないが、ある一部の人にはその存在が非常によく知られている。
知る者は言わず言う者は知らず
《「老子」五六章から》物事をよく知り抜いている人はみだりに口に出して言わないが、よく知らぬ者はかえって軽々しくしゃべるものである。
知る由も無い
知るための、手段も手がかりもない。「真相を—・い」
知らしむべからず
⇒由 (よ) らしむべし知らしむべからず