・・・私が私の視覚の、同時にまた私の理性の主権を、ほとんど刹那に粉砕しようとする恐ろしい瞬間にぶつかったのは、私の視線が、偶然――と申すよりは、人間の知力を超越した、ある隠微な原因によって、その妻の傍に、こちらを後にして立っている、一人の男の姿に・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・今より二十何年前にはイクラ文人が努力しても、文人としての収入は智力上遥に劣ってる労働階級にすら及ばないゆえ、他の生活の道を求めて文学を片商売とするか、或は初めから社会上の位置を度外して浮世を茶にして自ら慰めるより外仕方が無かったのである。・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・一日二日相手に遊んでいるうち、子供の智力の想ったほどにもなく発達しておらないというようなことも、彼の気持を暗くした。「俺も正式に学校でも出ていて、まじめに勤めをするとか、翻訳の稽古でもしていたら、今ごろはこうしたことにもならずにすんだも・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・感情も意志も知力もその能を尽くすべき時である。冬はいじけ春はだらけ夏はやせる人でも、この季節ばかりは健康と精力とを自覚するだろう。それで季節が季節だけに自分のウォーズウォルス詩集に対する心持ちがやや変わって来た、少しはしんみりと詩の旨を味わ・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・いてかかるにもうふッつりと浮気はせぬと砂糖八分の申し開き厭気というも実は未練窓の戸開けて今鳴るは一時かと仰ぎ視ればお月さまいつでも空とぼけてまんまるなり 脆いと申せば女ほど脆いはござらぬ女を説くは知力金力権力腕力この四つを除けて他に求む・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ とにかく体力と知力との戦いとして見るときに、自分のような素人にもこの勝負の特別な興味が感ぜられるのであった。 カルネラは体重一一九キロ身長二・〇五メートル、ベーアは九五キロと一・八八メートルだそうで、からだでは到底相手になれないの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・よし head までも比喩的な意味に解せられるとしても uneasy lies the head と続けて読んで、しかもこの head を抽象的な能力とか知力とか解釈する者はあるまい。誰でも具体的の髪の生えた頭と解釈するであろう。head ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・実はその繁多にしてこれに従事するの智力に乏しきこそ患うべけれ。これを勤めて怠らざれば、その事務よくあがりて功を奏したるの例も少なからず。一事に功を奏すれば、したがってまた一事に着手し、次第に進みてやむことなくば、政府の政は日に簡易に赴き、人・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・非役の輩は固より智力もなく、かつ生計の内職に役せられて、衣食以上のことに心を関するを得ずして日一日を送りしことなるが、二、三十年以来、下士の内職なるもの漸く繁盛を致し、最前はただ杉檜の指物膳箱などを製し、元結の紙糸を捻る等に過ぎざりしもの、・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・自分の体力、智力、自分とひととの経験の総和についての知識とその実力とが、むき出しな自然の動きと直面し対決してゆく、その味わいでの山恋いではないだろうか。槇有恒氏の山についての本はどんなその間の機微を語っているか知らないけれど、岩波文庫のウィ・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
出典:青空文庫