・・・けれども半之丞に関する話はどれも多少可笑しいところを見ると、あるいはあらゆる大男並に総身に智慧が廻り兼ねと言う趣があったのかも知れません。ちょっと本筋へはいる前にその一例を挙げておきましょう。わたしの宿の主人の話によれば、いつか凩の烈しい午・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・わたしの一番会いたい彼は、その峰々に亘るべき、不思議の虹を仰ぎ見た菊池、――我々の知らない智慧の光に、遍照された菊池ばかりである。 芥川竜之介 「「菊池寛全集」の序」
・・・彼れは結局自分の智慧の足りなさを感じた。そしてままよと思っていた。 凡ての興味が全く去ったのを彼れは覚えた。彼れは少し疲れていた。始めて本統の事情を知った妻から嫉妬がましい執拗い言葉でも聞いたら少しの道楽気もなく、どれほどな残虐な事でも・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・沢本 なんという智慧のない計略を貴様は考え出したもんだ。そんなことを考え出した奴は、自分が先に死ぬがいいんだ。花田 俺が死んでいいかい。……そうだもう一ついうことを忘れていたが、死ぬ番にあたった奴は、その褒美としてともちゃんを奥・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・……この、深山幽谷のことは、人間の智慧には及びません――」 女中も俯向いて暗い顔した。 境は、この場合誰もしよう、乗り出しながら、「何か、この辺に変わったことでも。」「……別にその、と云ってございません。しかし、流れに瀬がご・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・とをしさえすれば、それだけの望に応ずべしとこういう風に談ずるが第一手段に候なり、昔語にさること侍りき、ここに一条の蛇ありて、とある武士の妻に懸想なし、頑にしょうじ着きて離るべくもなかりしを、その夫何某智慧ある人にて、欺きて蛇に約し、汝巨鷲の・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・八百屋お七は家を焼いたらば、再度思う人に逢われることと工夫をしたのであるが、吾々二人は妻戸一枚を忍んで開けるほどの智慧も出なかった。それほどに無邪気な可憐な恋でありながら、なお親に怖じ兄弟に憚り、他人の前にて涙も拭き得なかったのは如何に気の・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・此んなに家の富栄えるのも元はと云えば私が智慧をつけたからじゃあありませんか」と折々大事を云い出してはおびやかすので自分の子ながらもてあまして居た。或る時自分で男を見つけて「あの人ならば」と云ったのでとにかく心まかせにした方がと云って人にたの・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・僕のではない、他の中隊の一卒で、からだは、大けかったけど、智慧がまわりかねた奴であったさかい、いつも人に馬鹿にされとったんが『伏せ』の命令で発砲した時、急に飛び起きて片足立ちになり、『あ、やられた! もう、死ぬ! 死ぬ!』て泣き出し、またば・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・それに、智慧もある。まちがいのあるようなことはないから、安心をしているがいい。」といって、おじいさんは、小屋を出かけました。 道は、もう雪にうずもれて、どこが田やら、圃やらわかりませんでした。しかし、おじいさんは若い時分から、ここのあた・・・ 小川未明 「おおかみをだましたおじいさん」
出典:青空文庫