・・・とは確かに知者の言である。尤も「桃李言わざれども」ではない。実は「桃李言わざれば」である。 偉大 民衆は人格や事業の偉大に籠絡されることを愛するものである。が、偉大に直面することは有史以来愛したことはない。 ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・雲のごとき智者と賢者と聖者と神人とを産み出した歴史のまっただ中に、従容として動くことなきハムレットを仰ぐ時、人生の崇高と悲壮とは、深く胸にしみ渡るではないか。昔キリストは姦淫を犯せる少女を石にて搏たんとしたパリサイ人に対し、汝らのうち罪なき・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・湯は特別的であるが欧洲人のは日常の風習である、吾々の特に敬服感嘆に堪えないのは其日常の点と家庭的な点にあるのである、人間の嗜好多端限りなき中にも、食事の趣味程普遍的なものはない、大人も小児も賢者も智者も苟も病気ならざる限り如何なる人と雖・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・宗教は詩人と愚人とに佳くして実際家と智者に要なしなどと唱うる人は、歴史も哲学も経済も何にも知らない人であります。国にもしかかる「愚かなる智者」のみありて、ダルガスのごとき「智き愚人」がおりませんならば、不幸一歩を誤りて戦敗の非運に遭いまする・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・「日本第一の知者となし給へ」という彼の祈願は名利や、衒学のためではなくして、全く自ら正しくし、世を正しくするための必要から発したものであった。 善とは何か、禍いの源は何か、真理の標識は何か。すべての偉人の問いがそれに帰宗するように、・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・「予はかつしろしめされて候がごとく、幼少の時より学文に心をかけし上、大虚空蔵菩薩の御宝前に願を立て、日本第一の智者となし給へ。十二の歳より此の願を立つ」 日蓮の出家求道の発足は認識への要求であった。彼の胸中にわだかまる疑問を解くにた・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・そのような状態が分裂して、能知者と所知者が出来る事によって、始めて認識が成立し始める。そこから色々な観念が生れ、観念は更に分裂してより多く共通な要素に分析されてそこに秩序が出来、「言葉」が出来、「方則」が出来る。 科学が科学以外の学と異・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・ ただ科学は主として物質界の現象に関係しているために、換言すれば人間の能知と切り離された所知者自身の間の交渉に関しているために、科学上の方則は科学者の個性と切り離され、従ってその表現は単義的普遍的なものになっている。これに反して漫画家の・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・小島烏水氏はたしか米国におられたので、日本では宮武外骨氏を以てこの道の先知者となすべきであろう。東京市中の古本屋が聯合して即売会を開催したのも、たしか、明治四十二、三年の頃からであろう。 大正三、四年の頃に至って、わたくしは『日和下駄』・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・日月は欺くとも己れを欺くは智者とは云われまい。一刻に一刻を加うれば二刻と殖えるのみじゃ。蜀川十様の錦、花を添えて、いくばくの色をか変ぜん。 八畳の座敷に髯のある人と、髯のない人と、涼しき眼の女が会して、かくのごとく一夜を過した。彼らの一・・・ 夏目漱石 「一夜」
出典:青空文庫