・・・ これを要するに、たゞ、吾等には、幾何の忘れられた感覚や、感情や、知覚があるということを知らなければならない。また、幾何のまさに忘れられんとしている感覚や、感情や、知覚のあることを知らなければならない。而して、現在の自分の頭を占領してい・・・ 小川未明 「忘れられたる感情」
・・・自分の掌で、明確に知覚したものだけを書いて置きたかったのです。怒りも、悲しみも、地団駄踏んだ残念な思いも。私は、嘘を書かなかった。けれども、私は、此頃ちっとも書けなくなりました。おわかりでしょうか。無学であるという事が、だんだん致命傷のよう・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ 痛さも、くすぐったさも、おのずから知覚の限度があると思います。ぶたれて、切られて、または、くすぐられても、その苦しさが極限に達したとき、人は、きっと気を失うにちがいない。気を失ったら夢幻境です。昇天でございます。苦しさから、きれいにのがれ・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・何故と云えば、彼等は全世界を知覚し認識し呑み込まなければならないから。」「時間を減らして、その代りあまり必須でない科目を削るがいい。『世界歴史』と称するものなどがそれである。これは通例乾燥無味な表に詰め込んだだらしのないものである。これ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ とんぼがいかにして風の方向を知覚し、いかにしてそれに対して一定の姿勢をとるかということがまた単に生物学者生理学者のみならず、物理学者工学者にまでもいろいろの問題を提供するであろうと思われた。 人間をとんぼに比較するのはあまりに無分・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・物体が認識され、物と物、物とエネルギーとの間に起こる現象が知覚されるのはやはりこの境界面があるからである。この事は、物理学で「場」の方程式だけでは具体的の現象が規定されず、そのほかに「境界条件」を必要とする、という事に相当する。 それほ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・これらの官能が刺激されたために生ずる個々の知覚が記憶によって連絡されるとこれが一つの経験になる。このような経験が幾回も幾回も繰り返されている間にそこに漠然とした知識が生じて来る。この原始的な知識がさらに経験によってだんだんに吟味され取捨され・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
・・・一つの言葉が出来る前には人間の感覚知覚は経験と記憶聯想によって結合され、悟性によって幾多の分析抽象を行った末に一つの観念なり概念なりが出来なければならない。それで云わば一つ一つの言葉の中には既にもう論理的経験的科学の卵子が含まれていることは・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・ 二つずつあるのは空間知覚のためであって、二つの間の距離が空間を測量するための基線になるのである。耳と目とが同じ高さにあるのは視覚空間と聴覚空間との連絡、同格化のために便利であろうと思われる。ところが光線伝播は直線的であるので二つの目が・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
・・・一つは物の大小形状及びその色合などについて知覚が明暸になりますのと、この明暸になったものを、精細に写し出す事が巧者にかつ迅速にできる事だと信じます。二はこれを描き出すに当って使用する線及び点が、描き出される物の形状や色合とは比較的独立して、・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫