・・・傷口が、石榴のようにわれていた。 さちよは、ひとり残った。父の実家が、さちよの一身と財産の保護を、引き受けた。女学校の寮から出て、また父の実家に舞いもどって、とたんに、さちよは豹変していた。 十七歳のみが持つ不思議である。 学校・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ 看護婦に招かれて、診察室へはいり、帯をほどいてひと思いに肌ぬぎになり、ちらと自分の乳房を見て、私は、石榴を見ちゃった。眼のまえに坐っているお医者よりも、うしろに立っている看護婦さんに見られるのが、幾そう倍も辛うございました。お医者は、・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・二間あるかなしの庭に、植木といったら柘榴か何かの見すぼらしいのが一株塀の陰にあるばかりで、草花の鉢一つさえない。今頃なら霜解けを踏み荒した土に紙屑や布片などが浅猿しく散らばりへばりついている。晴れた日には庭一面におしめやシャツのような物を干・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・ 縁先の萩が長く延びて、柔かそうな葉の面に朝露が水晶の玉を綴っている。石榴の花と百日紅とは燃えるような強い色彩を午後の炎天に輝し、眠むそうな薄色の合歓の花はぼやけた紅の刷毛をば植込みの蔭なる夕方の微風にゆすぶっている。単調な蝉の歌。とぎ・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・亭主はきっと礦山ひるの青金の黄銅鉱や方解石に柘榴石のまじった粗鉱の堆を考えながら富沢は云った。女はまた入って来た。そして黙って押入れをあけて二枚のうすべりといの角枕をならべて置いてまた台所の方へ行った。 二人はすっかり眠る積りでもなしに・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・令子の庭には萩が咲いて居て、やや色づきかけた石榴の実をすべった月かげが地にある。書生達の唄は響いて一種の狸囃子であった。 そのうち月は益々冴え、庭のオレゴン杉の柔かな茂みの蔭に、白い山羊が現れた。燦く白い一匹の山羊だ。 山羊は段々大・・・ 宮本百合子 「黒い驢馬と白い山羊」
・・・曰く「旦、御新造、やれまツ、自、害か、馬ツ、何といふ、いけませんか、療治は、助かりませんかな、やれ、もツ、こんな綺麗な首に、こ、こんな石榴のやうな痍ツ、仕様ン無いなア、死ぬなんて、まツ、えツ、も、どうしたら、よう、やい、ひよウ、いけない・・・ 宮本百合子 「無題(六)」
出典:青空文庫