・・・その玄関の燈を背に、芝草と、植込の小松の中の敷石を、三人が道なりに少し畝って伝って、石造の門にかかげた、石ぼやの門燈に、影を黒く、段を降りて砂道へ出た。が、すぐ町から小半町引込んだ坂で、一方は畑になり、一方は宿の囲の石垣が長く続くばかりで、・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 暗い冷たい石造の官衙の立ち並んでいる街の停留所。そこで彼は電車を待っていた。家へ帰ろうか賑やかな街へ出ようか、彼は迷っていた。どちらの決心もつかなかった。そして電車はいくら待ってもどちらからも来なかった。圧しつけるような暗い建築の陰影・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・木造であったものが石造に変った震災前の日本橋ですら、彼女には日本橋のような気もしなかったくらいだ。矢張、江戸風な橋の欄干の上に青銅の擬宝珠があり、古い魚河岸があり、桟橋があり、近くに鰹節問屋、蒲鉾屋などが軒を並べていて、九月はじめのことであ・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・木造二階家の玄関だけを石造にしたようなのが、木造部は平気であるのに、それにただそっともたせかけて建てた石造の部分が滅茶滅茶に毀れ落ちていた。これははじめからちょっとした地震で、必ず毀れ落ちるように出来ているのである。 岸壁が海の方へせり・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・狭く科学と限らず一般文化史上にひときわ目立って見える堅固な石造の一里塚である。 五 相対性原理に対する反対論というものが往々に見受けられる。しかし私の知り得た限りの範囲では、この原理の存在を危うくするほどに有力な・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・ わたくしは小名木川の堀割が中川らしい河の流れに合するのを知ったが、それと共に、対岸には高い堤防が立っていて、城塞のような石造の水門が築かれ、その扉はいかにも堅固な鉄板を以って造られ、太い鎖の垂れ下っているのを見た。乗合の汽船と、荷船や・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・これは丸形の石造で石油タンクの状をなしてあたかも巨人の門柱のごとく左右に屹立している。その中間を連ねている建物の下を潜って向へ抜ける。中塔とはこの事である。少し行くと左手に鐘塔が峙つ。真鉄の盾、黒鉄の甲が野を蔽う秋の陽炎のごとく見えて敵遠く・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・列車は石造ステーションの二階にあたるような高いところに止る。駅の下、街に二台幌型フォードがあった。列車の中から見晴らせるだけのところにでも、いくつか新しい工場が建ちかけている。ウラル地方はこのスウェルドロフスキーを中心として、СССРの大切・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・真四角な石造で、窓が高く小さく只一つの片目のようについて居る、気味が悪いと見た人が申しました。何でございましょう。此間、頂上まで登って見たいと思って切角出かけたのに途中で駄目になって仕舞いました。平地の健脚は、決して石ころの山道で同様の威厳・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・家の壁と石造の四角な煙突に這いかかったつたが赤く光って日光からそむいた側の屋根は極く暗くてそうでない方は気持の悪い様な変な色に輝いて居る。木の彫刻の沢山ある小窓は開いたのと閉されたのと半々位で一つのまどには小鳥の籠が吊してある。広場・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫