・・・見ると、小砂利まじりの路の上を滑って来る重い音をさせて、食堂の前で自動車を横づけにする客なぞもあった。 新七はお力に手伝わせて、葦簾がこいにした休茶屋の軒下の位置に、母の食卓を用意した。揚物の油の音は料理場の窓越しにそこまで・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・私たちは、家の前の石段から坂の下の通りへ出、崖のように勾配の急な路についてその細い坂を上った。砂利が敷いてあってよけいに歩きにくい。私は坂の途中であとから登って来る娘のほうを振り返って見て、また路を踏んで行った。こうして親子三人のものが一緒・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・それでも、外套の肩を張りぐんぐんと大股つかって銀杏の並木にはさまれたひろい砂利道を歩きながら、空腹のためだ、と答えたのである。二十九番教室の地下に、大食堂がある。われは、そこへと歩をすすめた。 空腹の大学生たちは、地下室の大食堂からあふ・・・ 太宰治 「逆行」
・・・スプリングの裾がぱっとめくりあげられ、一握の小砂利が頬めがけて叩きつけられぱちぱち爆ぜた。ぐっと眼をつぶって、今夜死ぬるとわれに囁き、みんながみんな遠くへ去っていって、世界に私がひとりだけ居るような気持ちで、ながいこと道路のまんなかに立ちつ・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・先生のお家から出て、一町も歩かないうちに、あなたは砂利を蹴って、ちえっ! 女には、甘くていやがら、とおっしゃいましたので、私はびっくり致しました。あなたは、卑劣です。たったいま迄、あの御立派な先生の前で、ぺこぺこしていらした癖に、もうすぐ、・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・そのへんだけ底に泥がなくて、砂利が露出している事は、さおでつついてみるとわかる。あの池から、一つの狭い谷が北のほうへ延びて、今の動物地質教室の下から弥生町の門のほうへ続いていた事が、土工の際に明らかになったそうである。この池の地学的の意味に・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・すなわち、浜べで無数の砂利が相打ち相きしるように無数の蝗の羽根が轢音を発している、その集団的効果があのように聞こえるのではないかと思われる。そういえば丸鋸で材木をひく時にもこれに似た不規則な轢音の急速な断続があるのである。 この蝗の羽音・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・表の通りでは砂利をかんで勢いよく駈ける人車の矢声も聞える。晴れきった空からは、かすかな、そして長閑な世間のどよめきが聞えて来る。それを自分だけが陰気な穴の中で聞いているような気がする。何処か遊びに行ってみたい。行かれぬのでなおそう思う。田端・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・石段をのぼると大きな黒い門があって、砂利をしいた道が玄関へつづいている。左の方はひろい芝生つづきの庭が見え、右の方は茄子とか、胡瓜を植えた菜園に沿うて、小さい道がお勝手口へつづいている。もちろん私はお勝手口の方へその小さい菜園の茄子や胡瓜に・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・鉄の門の内側は広大な熊本煙草専売局工場の構内がみえ、時計台のある中央の建物へつづく砂利道は、まだつよい夏のひざしにくるめいていて、左右には赤煉瓦の建物がいくつとなく胸を反らしている。―― いつものように三吉は、熊本城の石垣に沿うてながい・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫