・・・――石をも焦がすようなエルサレムの日の光の中に、濛々と立騰る砂塵をあびせて、ヨセフは眼に涙を浮べながら、腕の子供をいつか妻に抱きとられてしまったのも忘れて、いつまでも跪いたまま、動かなかった。……「されば恐らく、えるされむは広しと云え、御主・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・樹木の繁茂は海岸より吹き送らるる砂塵の荒廃を止めました。北海沿岸特有の砂丘は海岸近くに喰い止められました、樅は根を地に張りて襲いくる砂塵に対していいました、ここまでは来るを得べししかしここを越ゆべからずと。北海に浜する国・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・水辺のしずかな散歩のかわりに、砂塵濛々の戦車の疾駈があった。 相剋の結合は、含羞の華をひらいた。アグリパイナは、みごもった。ブラゼンバートは、この事実を知って大笑した。他意は無かった。ただ、おかしかったのである。 アグリパイナは、ほ・・・ 太宰治 「古典風」
・・・ また一例を挙げると、三月十六日パレスタインで強風が砂塵を立てているに乗じてトルコの駱駝隊を襲撃し全滅させたという記事もある。その他各戦線にわたって天候のために利を得また損害を受けた実例は枚挙に暇ないほどある。ことに飛行隊の活動などは著・・・ 寺田寅彦 「戦争と気象学」
・・・どうもアフリカの内地から来る非常に細かい砂塵らしい。 午後乗り組みの帰休兵が運動競技をやった。綱引きやら闘鶏――これは二人が帆桁の上へ向かい合いにまたがって、枕でなぐり合って落としっくらをするのである。それから Geld Suchen ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 先ず堅い高足駄をはいて泥田の中をこね歩かなければならない事、それから空風と戦い砂塵に悩まされなければならない事、このような天然の道具立にかてて加えて、文明の産み出したこの満員電車に割り込んで踏まれ押され罵られなければならない事、ただこ・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
・・・ あの八月九日の夜、新京から真先に遁走を開始した関東軍とその家族とは、三人の子をつれて徒歩でステーションに向う著者にトラックの砂塵をあびせ、列車に優先してのりこみ、ときには飛行機をとばして行方のわからない高官の家族の所在をさがさせまでし・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
・・・ 春の東京を一帯に曇らす砂塵が堪らないのが第一の原因だ。花曇りなどと云う美的感情に発足したあれは胡麻化しで、実は塵埃が空を覆うのに違いない。一時間も外を歩くと歯の中までじゃりじゃりになるようだ。その心持も厭だし、春は我々こそと云うように・・・ 宮本百合子 「塵埃、空、花」
・・・ 薄曇りの午後、強い風が吹くごとに煙幕のような砂塵が往来に立った。窓硝子がガタガタ鳴った。洋袴のポケットへ両手を突こみ、社長が窓から外を眺めていた。「フッ! 何という埃だ。――こんなやつあニガリ撒いた位じゃ利かないもんかな」「―・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫