・・・る者なく、店は女房まかせ、これを助けて働く者はお絹お常とて一人は主人の姪、一人は女房の姪、お絹はやせ形の年上、お常は丸く肥りて色白く、都ならば看板娘の役なれどこの二人は衣装にも振りにも頓着なく、糯米を磨ぐことから小豆を煮ること餅を舂くことま・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・それを彼等は、土でこすって研ぐのだった。 栗本は剣身の歪んだ剣を持っていた。彼は銃に着剣して人間を突き殺したことがある。その時、剣が曲ったのだ。突かれた男は、急所を殴られて一ッぺんに参る犬のようにふらふらッとななめ横にぴりぴり手足を慄わ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・毎朝髭を剃るんでね、安全髪剃を革砥へかけて磨ぐのだよ。今でもやってる。嘘だと思うなら来て御覧」 看護婦はただへええと云った。だんだん聞いて見ると、○○さんと云う患者は、ひどくその革砥の音を気にして、あれは何の音だ何の音だと看護婦に質問し・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・「そうさ、斧を磨ぐだけでも骨が折れるわ」と歌の主が答える。これは背の低い眼の凹んだ煤色の男である。「昨日は美しいのをやったなあ」と髯が惜しそうにいう。「いや顔は美しいが頸の骨は馬鹿に堅い女だった。御蔭でこの通り刃が一分ばかりかけた」とやけに・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・若しまた何か鋏でも研ぐのがありましたらそちらのほうもいたします。」「ああそうですか。一寸お待ちなさい。主人に聞いてあげましょう。」「どうかお願いいたします。」 青い上着の園丁は独乙唐檜の茂みをくぐって消えて行き、それからぽっと陽・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・「ほんにやんだこと……出刃なんか磨ぐた何だんべえ」 祖母が、下を向き、変に喉にからんだようなせき払いをしながら強く煙管を炉ぶちでたたく音が、さびしい夜陰に響いた。 十二時過て、私はいつも通り一人奥に寝た。祖母と八十二のおばあさん・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
出典:青空文庫