・・・岩を打ち岩に砕けて白く青く押し流るる水は、一叢生うる緑竹の中に入りて、はるかなる岡の前にあらわれぬ。流れに渡したる掛橋は、小柴の上に黒木を連ねて、おぼつかなげに藤蔓をからみつけたり。橋を渡れば山を切り開きて、わざとならず落しかけたる小滝あり・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・澱んで流るる辺りは鏡のごとく、瀬をなして流るるところは月光砕けてぎらぎら輝っている。豊吉は夢心地になってしきりに流れを下った。 河舟の小さなのが岸に繋いであった。豊吉はこれに飛び乗るや、纜を解いて、棹を立てた。昔の河遊びの手練がまだのこ・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・醍醐の入江の口を出る時彦岳嵐身にしみ、顧みれば大白の光漣に砕け、こなたには大入島の火影早きらめきそめぬ。静かに櫓こぐ翁の影黒く水に映れり。舳軽く浮かべば舟底たたく水音、あわれ何をか囁く。人の眠催す様なるこの水音を源叔父は聞くともなく聞きてさ・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・態度に肩を怒らしたところがなくて砕けていた。「西伯利亜へ来てからですから、ほんの僅かです。」 云いながら、瞬間、何故曹長が、自分が露西亜語をかじっているのを知っているか、と、それが頭にひらめいた。「話は出来ますか。」曹長は気軽く・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・へしゃがれた蟹のように、骨がボロ/\に砕けていた。担架に移す時、バラバラ落ちそうになった。 彼等は、空腹も疲労も忘れていた。夜か昼か、それも分らなかった。仲間を掘り出すのに一生懸命だった。 二人、三人と、掘り出されるに従って、椀のよ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・はっと思うたが及ばない、見れば猪口は一つ跳って下の靴脱の石の上に打付って、大片は三ツ四ツ小片のは無数に砕けてしまった。これは日頃主人が非常に愛翫しておった菫花の模様の着いた永楽の猪口で、太郎坊太郎坊と主人が呼んでいたところのものであった。ア・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・と前の女は驚いて、燭台を危く投げんばかりに、膝も腰も潰え砕けて、身を投げ伏して面を匿して終った。「にッたり」と男は笑った。 主人は流石に主人だけあった。これも驚いて仰反って倒れんばかりにはなったが、辛く踏止まって、そして踏止・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・雪だま、マロサマの右りの肩さ当り、ぱららて白く砕けたずおん。マロサマ、どってんして、泣くのばやめてし、雪こ溶けかけた黄はだの色のふろ野ば、どんどん逃げていったとせえ。 そろそろと晩げになったずおん。野はら、暗くなり、寒くなったずおん・・・ 太宰治 「雀こ」
・・・ ホテルの三階のヴェランダで見ていると、庭前の噴水が高くなり低くなり、細かく砕けたりまた棒立ちになったりする。その頂点に向かう視線が山頂への視線を越しそうで越さない。風が来ると噴水が乱れ、白樺が細かくそよぎ竹煮草が大きく揺れる。ともかく・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・こんな薄っぺらなものが噴出されたとしても、空中で衝突し合って砕けやすいであろうし、また落下の衝動でも割れないわけにはゆかないであろうと思われた。 その他にもいろいろな種類の噴出物がそれぞれにちがった経歴を秘めかくして静かに横たわっている・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
出典:青空文庫