・・・クララが今夜出家するという手筈をフランシスから知らされていた僧正は、クララによそながら告別を与えるためにこの破格な処置をしたのだと気が付くと、クララはまた更らに涙のわき返るのをとどめ得なかった。クララの父母は僧正の言葉をフォルテブラッチョ家・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・これはしかしその役者の頭の悪い証拠でなくて良い方の破格の一例として取扱わるべきものであるかもしれない。暑い日の舞台の上は自然的の通風で案外涼しいかもしれないし、それでなくても、その役者が真面目に芝居をやっている限りその日が特に暑い日であるか・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・入営中の勉強っていうものが大したもんで、尤も破格の昇進もしました。それがお前さん、動員令が下って、出発の準備が悉皆調った時分に、秋山大尉を助けるために河へ入って、死んじゃったような訳でね。」「どうして?」 爺さんは濃い眉毛を動かしな・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・今徳富君の業を誦むに及んで感歎措くことあたわず。破格の一言をなさざるを得ず。すなわちこれを書し、もってこれを還す。 明治二十年一月中旬高知 中江篤介 撰 中江兆民 「将来の日本」
・・・のような当時の文学のしきたりから見れば破格の面白さも、その点からこそ描いた源氏物語には女のはかなさというものへの抵抗が現われている。紫式部は決して、優にやさし、というふぜいの中に陶酔していなかった。 藤原時代の栄華の土台をなした荘園制度・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・きょうの晩飯だけが破格なのだ」「ありがたいわ」さっきから幾つかのボタンをはずしていた手袋をぬいで、卓越しに右の平手を出すのである。渡辺は真面目にその手をしっかり握った。手は冷たい。そしてその冷たい手が離れずにいて、暈のできたために一倍大・・・ 森鴎外 「普請中」
・・・どんな破格な用法を取ろうと、それはその人の自由である。日本語の進歩もたぶんそういう破格な用法からひき起こされるのであろう。そうあってほしい。しかしわたくしは破格を好まない。そういう点で露伴先生の鋭い語感は実際敬服に堪えないのである。 晩・・・ 和辻哲郎 「露伴先生の思い出」
出典:青空文庫