ある時、その頃金港堂の『都の花』の主筆をしていた山田美妙に会うと、開口一番「エライ人が出ましたよ!」と破顔した。 ドウいう人かと訊くと、それより数日前、突然依田学海翁を尋ねて来た書生があって、小説を作ったから序文を書いてくれといっ・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・ 見なれた人にはなんでもない物事に対する、これを始めて見た人の幼稚な感想の表現には往々人をして破顔微笑せしめるものがあるのである。 文楽の人形芝居については自分も今まで話にはいろいろ聞かされ、雑誌などでいろいろの人の研究や評論などを・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・私は思わず破顔しその予想もしない斬新な表現で一層照された二人の学生の近代人的神経質さにも微笑した。然し――私は堅い三等のベンチの上で揺られながら考えた。この四角い帽子をいただいた二つの頭は、果して新しき老農夫を満足し啓蒙するだけの知識をもっ・・・ 宮本百合子 「北へ行く」
・・・ ソヴェト市民が欲しがっていたのは、ハァハァと陽気闊達に笑う哄笑であり、仲間の脇腹を突つきながら、快心をもって破顔する公明正大な笑いであったのだろう。ソヴェト市民の生活感情に、そういうユーモアがないならば、イリフ、ペトロフ二人のような辛・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・ 水っぽいサロン的常識の埒を越えないツルゲーネフのそういう考え方にトルストイが癇癪を爆発させたであろう様子を想像すると、思わず破顔さえ覚えるのである。トルストイは、食いあき飲みあき懶怠にあきた上流社会の美しく装った男女が、馬車の中で、花・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・博い引例や、自在な諷刺で雄弁であり、折々非常に無邪気に破顔すると大きい口元はまきあがり、鼻柱もキューと弓なりに張っている。ひろ子は自分が美術家であったら、この、独特な、がっちりと動的に出来上った人物をどういう手法であらわすだろうと思った。一・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・尾世川も思わず釣られて破顔したが、「いや、決してそう云う訳じゃないんです」と、彼は持前の、唾のたまり易い口を突き出すようにして弁解した。「五月蠅いですからね」 藍子は悪意のない皮肉で心持大きい口を歪め、美しい笑いを洩した。五・・・ 宮本百合子 「帆」
出典:青空文庫