・・・それから――それからは未曾有の激戦である。硝煙は見る見る山をなし、敵の砲弾は雨のように彼等のまわりへ爆発した。しかし味かたは勇敢にじりじり敵陣へ肉薄した。もっとも敵の地雷火は凄まじい火柱をあげるが早いか、味かたの少将を粉微塵にした。が、敵軍・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ こっちに散らばっている兵士の銃口から硝煙がパッと上る。すると、包囲線をめがけて走せて来る汚れた短衣や、縁なし帽がバタバタ人形をころばすようにそこに倒れた。「無茶なことに俺等を使いやがる!」栗本は考えた。 傾斜面に倒れた縁なし帽・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・世界市場の争奪のため、危機にあった欧州の空気はその硝煙の匂いと一緒に、急速に動揺しはじめた。キュリー夫人は土用真盛りの、がらんとしたアパートの部屋でブルターニュの娘たちへ手紙を書いた。「愛するイレーヌ。愛するエーヴ。事態がますます悪化し・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・けれども、私たちが生きているこの現代は、世界じゅうが一つの巨大なうごめきをしていて、硝煙の間で歴史が転換しつつある。経験というものはそういう時代になると、静的に解釈されれば何の力もないことになる。何故なら、去年あることがそうであったという事・・・ 宮本百合子 「ものわかりよさ」
出典:青空文庫