・・・ 堯は番頭の言葉によって幾度も彼が質店から郵便を受けていたのをはじめて現実に思い出した。硫酸に侵されているような気持の底で、そんなことをこの番頭に聞かしたらというような苦笑も感じながら、彼もやはり番頭のような無関心を顔に装って一通りそれ・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・ 水の中に濃硫酸をいれるのに、極めて徐々に少しずつ滴下していれば酸は徐々に自然に水中に混合して大して間違いは起らないが、いきなり多量に流し込むと非常な熱を発生して罎が破れたり、火傷したりする危険が発生する。 汽車や飛行機や電話や無線・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・過燐酸石灰、硫酸もつくる。五月廿日 *いま窓の右手にえぞ富士が見える。火山だ。頭が平たい。焼いた枕木でこさえた小さな家がある。熊笹が茂っている。植民地だ。 *いま小樽の・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・それにファウスト第二部で悪魔が地の下に堕されて、苦しまぎれに上からも下からも臭い瓦斯を出したと云う処に、硫酸を出したと云ってある。硫化水素でも出したか知らぬが、硫酸は出すまい。」こう云てしまって、ふと原文を見る気になってゾフィインアウスガア・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
出典:青空文庫