・・・ 扉から雪次郎が密と覗くと、中段の処で、肱を硬直に、帯の下の腰を圧えて、片手をぐったりと壁に立って、倒れそうにうつむいた姿を見た。が、気勢がしたか、ふいに真青な顔して見ると、寂しい微笑を投げて、すっと下りたのである。 隣室には、しば・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・(足手を硬直し、突伸べ、ぐにゃぐにゃと真俯向けに草に俯夫人 ほんとうなの、爺さん。人形使 やあ、嘘にこんな真似が出来るもので。それ、遣附けて下せえまし。夫人 ほんとうに打つの?人形使 血の出るまで打って下せえ。息の止るまでも・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ いま、科学主義万能によって、いちじるしく、軟柔性を欠き、硬直したる社会運動に、また芸術運動に、直面して、真に思い出さるゝことは、二たび、当年のナロードの精神に帰れということではあるまいか。・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・額の油汗拭わんと、ぴくとわが硬直の指うごかした折、とん、とん、部屋の外から誰やら、ドアをノックする。ヒロオは、恐怖のあまり飛びあがった。ノックは、無心に、つづけられる。とん、とん、とん。ヒロオはその場で気が狂ったか、どうか、私はその後の筋書・・・ 太宰治 「音に就いて」
・・・のかけごえのみ盛大の、里見、島崎などの姓名によりて代表せられる老作家たちの剣術先生的硬直を避けた。キリストの卑屈を得たく修業した。 聖書一巻によりて、日本の文学史は、かつてなき程の鮮明さをもて、はっきりと二分されている。マタイ伝二十・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・手首が硬直凝固の状態になっていてはキューのまっすぐなピストン的運動が困難であるのみならず、種々の突き方に必要なキューの速度加速度の時間的経過を自由に調節することも不可能であるように見える。特に軽快な引き球などのできるとできないは主としてこの・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
友人鵜照君、明けて五十二歳、職業は科学的小説家、持病は胃潰瘍である。 彼は子供の時分から「新年」というものに対する恐怖に似たあるものを懐いていた。新年になると着なれぬ硬直な羽織はかまを着せられて親類縁者を歴訪させられ、・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・しかし人によると妙にしゃちこばって土偶か木像のように硬直して動かないのがある。 こういう人はたぶん出世のできない人であろうと思う。 もっとも、こういう人が世の中に一人もなくなってしまったら、世の中にけんかというものもなくなり、国と国・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
出典:青空文庫