・・・しかしその家は違っていた。確かに町はその町に違いなかった。幼な友達の家が一軒あった。代が変わって友達の名前になっていた。台所から首を出している母らしいひとの眼を彼は避けた。その家が見つかれば道は憶えていた。彼はその方へ歩き出した。 彼は・・・ 梶井基次郎 「過古」
・・・と調子に確かめて膝押し進む。ホイ、お前の前で言うのではなかった。と善平は笑い出せば、あら、そういうわけで言ったのではありませぬ。ただこうだと言って見たばかりですよ。と顔は早くも淡紅を散らして、いやな父様だよ。と帯締めの打紐を解きつ結びつ。・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ 木村の教会は麹町区ですから、一里の道のりは確かにあります。二人は木村の、色のさめた赤毛布を頭からかぶって、肩と肩を寄り合って出かけました。おりおり立ち止まっては毛布から雪を払いながら歩みます、私はその以前にもキリスト教の会堂に入ったこ・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ 文芸を愛好する故に倫理学を軽視するという知識青年の風潮は確かに青年層の人格的衰弱の徴候といわねばならぬ。 四 社会運動と倫理学 青年層にはまた倫理学を迂遠でありとし、象牙の塔に閉じこもって、現実の世相を知らない・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・農家は米は持っているのだが、今年の稲が穂に出て確かにとれる見込みがつくまで手離さないという返事である。なにしろ田地持ちが外米を買って露命をつながなければならないようなことはまことに「はなし」ならぬ話である。 昨年、私たちの地方では、水な・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・併し何歳頃から草双紙を読み初めたかどうも確かにはおぼえません、十一位でしたろうか。此頃のことでした、観行院様にお前は何を仕て居たいかと問われたとき、芋を喰って本を読んで居ればそれで沢山だと答えたそうですが、芋ぐらいが好物であったと見えます、・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・ という声が何処かの――確かに向う側の監房の開いた窓から、あがった。向うでも何かを云っている。俺の胸は早鐘を打った。 飯の車が俺の監房に廻わってきたとき、今度は向うの一番遠い監房――No. 1. あたりで「ロシア革命万歳」を叫んでいるの・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・あの人は、どんどん変わって行く――確かに、頭がいいんだろうね。」 この子の「頭がいいんだろうね」には私も吹き出してしまった。 私の話相手――三人の子供はそれぞれに動き変わりつつあった。三人の中でも兄さん顔の次郎なぞは、五分刈りであっ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・「この人なら慥かだ。己の今まで捜していたのはこういう人だ。この人はまだ自分の体のうちに幸福を持っているらしい。この人なら人を助けてくれるだろう。」 青年は一刹那の間、老人と顔を見合せた。そしてなぜ見せている笑顔か知れない笑顔を眺めた。青・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・ここまで来るともう気が確かになりました。なぜというと、向こうには赤い屋根と旗が見えますし、道の両側には白あじさいと野薔薇が恋でもしているように二つずつならんで植わっていましたから。 むすめもひとりで歩けました。しかして手かごいっぱいに花・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
出典:青空文庫