・・・ と膝で確りと手を取って、「じゃ、あの、この炬燵の上へ盆を乗せて、お銚子をつけて、お前さん、あい、お酌って、それから私も飲んで。」 と熟と顔を見つつ、「願が叶ったわ、私。……一生に一度、お前さん、とそうして、お酒が飲みたかっ・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・人形使 それ、確りさっせえ。夫人 ああ。あいよ。(興奮しつつ、びりびりと傘を破く。ために、疵つき、指さき腕など血汐浸――畜生――畜生――畜生――畜生――人形使 ううむ、(幽に呻ううむ、そうだ、そこだ。ちっと、へい、応えるぞ。うう・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・すると、私の声と同時に、給仕でも飛んで出て来るように、二人の男が飛んで出て来て私の両手を確りと掴んだ。「相手は三人だな」と、何と云うことなしに私は考えた。――こいつあ少々面倒だわい。どいつから先に蹴っ飛ばすか、うまく立ち廻らんと、この勝負は・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ 彼は、子供を確り抱きしめた。そしてとりたての林檎のように張り切った小さな頬に、ハムマーのようにキッスを立て続けにぶっつけた。 M署の高等係中村は、もう、蚊帳の外に腰を下して、扇子をバタバタ初めていた。「今時分、何の用事だい? ・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・ 水夫は未だ確りしていた。「俺はいやだ!」と彼は叫んだ。 彼は、吐瀉しながら、転げまわりながら、顔中を汚物で隈取りながら叫んだ。「俺は癒るんだ!」「生きてる間丈け、娑婆に置いて呉れ」 彼は手を合せて頼んだ。 ――・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・このわたしの唇は何日も確り結んでいて高慢らしく黙っていたのだが、今こそは貴女の前に膝を突いて、この顫う唇を開けてわたくしの真心が言って見たい。ああ、何卒母上を呼んでくれい。引き留めてくれい。何故お前は母上の帰って行くのを見ていながら引留めて・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・彼女は男たちから少し離れたところへ行って、確り両方の脚を着物の裾で巻きつけた。「ワーイ」 目を瞑り一息に砂丘の裾までころがった。気が遠くなるような気持であった。海が上の方に見えるどころか、誰だって自分の瞼の裏が太陽に透けてどんなに赤・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・粋のパリの市民で――プロレタリアートで、イリュージョンを持たず、機智的で実務家で、恋愛と結婚とをはっきり区別し、「そりゃ恋人には危っかしくたって面白い人がいいけど、良人には、一寸退屈だって永持ちのする確りした人でなくっちゃ」と云う女なのに反・・・ 宮本百合子 「アンネット」
・・・ 私は……確り眼と耳をつぶって寝返りを打った。「しかし」 いつか、また自問自答が始まった。「――もち論あれがシュロの葉の立てる音だということはわかってはいるが……しかし、万一、そう万万万ガ一、その吉さという男が、血迷って女房・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ソヴェトではあらゆる生産が計画的生産であるから、管理者は、工場内の専門技師、工場委員会などを確りと統制し、過渡的なソヴェト社会の具体的困難を突切って、社会主義的な生産を高めて行かなければならない。ソヴェトは、この工場管理者には、出来るだけ労・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
出典:青空文庫