・・・夜こわく悲しく、Yに確り体を捉えて貰ってやっと寝た。〔一九二七年九月〕 宮本百合子 「狐の姐さん」
・・・明るく、確りしてい、同時に溢れる閑寂を感じる。 私の狭い経験で東京や京都の凝った部屋の植込みが、こんなところは知らない。坐ると、第一に植込みの葉面が迫って来る。種々錯綜した緑の線、葉の重なり。ここでは緑に囲まれて坐るというところによさが・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・ケーテはモデルへつきない同感を、リアリスティックなつよい線と明暗とで、確り感傷なく描き出して、忘れ難い人生の場面は到るところに在るということを示しているのである。 世界の美術史には、これまでに何人かの傑れた婦人画家たちの名が記されている・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・自分は、垢と病気で蒼黒く焼けるような今野の手を確り握り、やつれ果てた頬を撫でた。「何だか……ボーとなって来たよ」「頭、ひどく痛い?」「頸の……ここが痛い……体じゅう何だか……」 自分は、全く畜生 と思い自分の体までむしられる・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ ほんとうに立派な子供のための本をかける女性というものの、心の内部は確りとしたものであって、その精神の一面では、今日小説を書いている幾人かの婦人作家が持っている文学の世界の意味をも洞察し、云いかえれば、それらの婦人作家が子供のためのもの・・・ 宮本百合子 「子供のためには」
・・・ それぞれの人物と人物との横の関係についても、作者は説明しているのであるが、作中の人物と読者の感情に訴えてくる現実のものとして確りからみあってつかまれていない憾みがあり、縦にA村全体を錯綜した利害関係によって喜愁せしめている経済情勢と各・・・ 宮本百合子 「作家への課題」
・・・自分の才能がまだ自分でさえ確り掴めないうちに、非人情的大都会の孤独な日常生活が魂の底を脅かし始めるという状態をはる子ははっきり理解出来た。千鶴子はその時、失敗して帰国した兄の知人の家で家事の手伝いをしていた。そこの老夫婦と面白くないこともあ・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・その真の姿を確りと見直したい心が文学へ真面目な眼差しを向けようとしている。そこでは、矛盾の諸相も現実のものとしておそれられていない。島木健作氏の「生活の探求」に向けられて行った時代のやや素朴であった一般の人生的な良心も、その点では今日の現実・・・ 宮本百合子 「生産文学の問題」
・・・ ビヤホールで、賢くも確りもしていない善作に向い久内である作者が説明した自由の「自分の感情と思想とを独立させて冷然と眺めることのできる闊達自在な精神」なるものは、そうして見ると、動的なものではなくて、ある身構えによって輪廓づけられている・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・長崎の市を、何等史的知識なく一巡した旅客の記憶にも確り印象されるのは、この水に配された石橋の異国的な美や古寺の壮重な石垣と繁った樹木との調和等ではあるまいか。長崎には夥しく寺がある。その寺々が皆港を見晴らす山よりに建てられて居る。沢山の石段・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
出典:青空文庫