・・・されど一たび大磐石の根の覆るや、小石の転ぶがごときものにあらず。三昼夜麻畑の中に蟄伏して、一たびその身に会せんため、一粒の飯をだに口にせで、かえりて湿虫の餌となれる、意中の人の窮苦には、泰山といえども動かで止むべき、お通は転倒したるなり。・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・ゆきたい心はかえって口底にも出てこず、行きたいなどとは決していわないが、その力は磐石糊のように腹の底にひっついていて、どんなことしたって離れそうもしない。果てはつかれてぼんやりした気分になってると、「省作省作、えい湯だど。ちょっともらっ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・そろりそろりと臑皿の下へ手をあてごうて動かして見ようとすると、大磐石の如く落着いた脚は非常の苦痛を感ぜねばならぬ。余はしばしば種々の苦痛を経験した事があるが、此度のような非常な苦痛を感ずるのは始めてである。それがためにこの二、三日は余の苦し・・・ 正岡子規 「九月十四日の朝」
・・・ととむねをつかれた時、やはり泣かなかった。磐石が心に押しかぶさったような云い難い苦痛を覚えた。それだ。それが今もつづいている。斯うやって考えていると、地面でも掘って頭から埋って仕舞いたいような惨めな堪らない心持と一緒に、今、たった今、彼の墓・・・ 宮本百合子 「文字のある紙片」
出典:青空文庫