・・・ 浄瑠璃と草双紙とに最初の文学的熱情を誘い出されたわれわれには、曲輪外のさびしい町と田圃の景色とが、いかに豊富なる魅力を示したであろう。 その頃、見返柳の立っていた大門外の堤に佇立んで、東の方を見渡すと、地方今戸町の低い人家の屋根を・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・社会の制裁が弛んだというかも知れませんが一方からいいましたならば、事実にそういう欠点のあり得る事を二元的に認めて、これに寛容的の態度を示したのであります。畢竟無理がなくなり、概念の束縛がなくなり、事実が現われたのであります。昔スパルタの教育・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・といわれたのがその極意を示したものであろう。終りに宗祖その人の人格について見ても、かの日蓮上人が意気冲天、他宗を罵倒し、北条氏を目して、小島の主らが云々と壮語せしに比べて、吉水一門の奇禍に連り北国の隅に流されながら、もし我配所に赴かずんば何・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・そしてそれ等の振舞が呪わるべきであることを語って、私は自分の善良なる性質を示して彼女に誇りたかった。 彼女はやがて小さな声で答えた。「私から何か種々の事が聞きたいの? 私は今話すのが苦しいんだけれど、もしあんたが外の事をしないのなら・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・例えば女の天性妊娠するの約束なるが故に妊娠中は斯く/\の摂生す可しと、特に女子に限りて教訓するが如きは至極尤に聞ゆれども、男女共に犯す可らざる不徳を書並べ、男女共に守る可き徳義を示して、女ばかりを責るとは可笑しからずや。犬の人にかみつきて却・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・前に示したる鉱山の歌のごときは調子ほぼととのいたり、されどこれほどにととのいたるは集中多く見るべからず、ましてこれより勝りたるはほとんどあるなし。書中乾胡蝶からになる蝶には大和魂を招きよすべきすべもあらじかし 結・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・この機会をもちまして私共一同にとくとお示しを得たいものであります。」大将「それはよろしい。どの勲章を見たいのだ。」特務曹長「一番大きなやつから。」大将「これが一番大きいじゃ。ロンテンプナルール勲章じゃ。」胸より最大なる勲章を外し・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・で示したニュアンスにとみ曲折におどろかない豊潤な資質は、その後の諸論集のなかでどのように展開されただろうかという問題である。 片上伸研究が「過渡期の道標」と題されたことは、示唆的である。著者は、芥川龍之介の敗北の究明とともに、小市民的土・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・かれは近隣のもの三人と同伴して、道すがら糸くずを拾った場所を示した。そして途中ただその不意の災難を語りつづけた。 その晩はブレオーテの村を駆けまわって、人ごとに一条を話したが、一人もかれを信ずるものにあわなかった。 その夜は終夜、か・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・そして反対に情調のある文芸というものが例で示してあったが、それが一々木村の感服しているものでなかった。中には木村が、立派な作者があんな物を書かなければ好いにと思ったものなんぞが挙げてあった。 一体書いてある事が、木村には善くは分からない・・・ 森鴎外 「あそび」
出典:青空文庫