・・・ いったい丹造がこの写真広告を思いついたのは、肺病薬販売策として患者の礼状を発表している某寺院の巧妙な宣伝手段に狙いをつけたことに始まり、これに百尺竿頭一歩をすすめたのであるが、しかし、どう物色しても、川那子薬で全快したという者が見当ら・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・昨年の春より今年の春まで一年と三月の間、われは貴嬢が乞わるるままにわが友宮本二郎が上を誌せし手紙十二通を送りたり、十二通に対する君が十五通の礼状を数えても一年と三月が間の貴嬢がよろこびのほどは知らる。今十二通の裏にみなぎる春の楽しみを変えて・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・その理由は、桂の父が、当時世間の大評判であった田中鶴吉の小笠原拓殖事業にひどく感服して、わざわざ書面を送って田中に敬意を表したところ、田中がまたすぐ礼状を出してそれが桂の父に届いたという一件、またある日正作が僕に向かい、今から何カ月とかする・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・すぐにはお礼状も書けず、この三日間、溜息ばかりついていました。私はあなたのお手紙を、かならずしも聖書の如く一字一句、信仰して読んだわけではありません。ところどころに、やっぱり不満もありました。小説の妙訣は、印象の正確を期するところにあるとい・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・いま大わらわでお礼状を書いている始末だ。太陽の裏には月ありで、君からもお礼状を出して置いて下さい。吉田潔。幸福な病人へ。」「謹啓。御多忙中を大変恐縮に存じますが、本紙新年号文芸面のために左の玉稿たまわりたく、よろしくお願いいたします。一・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・こんどは私のほうから、お礼状を書いた。入営なさるも、せぬも、一日一日の義務に努力していて下さい、とも書き添えた。 本当にもう、このごろは、一日の義務は、そのまま生涯の義務だと思って厳粛に努めなければならぬ。ごまかしては、いけないのだ。好・・・ 太宰治 「新郎」
・・・筆不精の私は、未だにお礼状も何も差し上げていない仕末ですが、こないだの三宅島爆発では、さぞ難儀をなさったろうと思いながら、これまたれいの筆不精でお見舞い状も差し上げず、東京の作家というものは、ずいぶん義理知らずだと王様も呆れていらっしゃるだ・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・お前はそれを当り前みたいに平気で受取って、ろくに礼状も寄こさなかったようだが、しかし、あさはあれを送るのに、どんな苦労をしていたかお前には、わかるまい。一日でも早く着くようにと、必ず鉄道便で送って、そのためにあさは、いつも浪岡の駅まで歩いて・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・十二日から二十七日まで毎日注射をうけたこと、十四日にレントゲン写真腎臓結石とわかったこと、十八日には入浴を許可されたこと、二十一日に「A1連中ヨリ夕食ニスープ及ジェリーヲ贈ラル。礼状出ス」家族にわたした金の額などまで書かれています。二十七日・・・ 宮本百合子 「父の手帳」
・・・私信になっているのは、礼状を遣れば済む。公開書になっているのも、罵詈がしてあれば、棄て置いても好い。あるいは棄て置くのが最紳士らしいかも知れない。また先方にも過誤がある場合には、それを捉えて罵詈の返報をすることも出来る。必ずしも自ら屈して自・・・ 森鴎外 「不苦心談」
出典:青空文庫