・・・「無産階級に祖国なし」げに、資本主義の波に蕩揺されつゝ工場から工場へ、時に、海を越えて、何処と住居を定めぬ人々にとっては、一坪の菜園すら持たないのである。けれど、彼等は、それを、真に不幸とは思わないだろうか? 人間は、到底、理知のみ・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・殺すは悪、恵むは善というような意欲の実質的価値判断を混うるならば、祖国のための戦いに加わるは悪か、怠け者の虚言者に恵むは善かというような問いを限りなく生ずるであろう。東洋の禅や、一般に大乗的な宗教の行為の決定に形式の善をとって、実質の善をと・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ イギリスの貴族の青年は祖国の難のあるとき、ぐずぐずしていると、令嬢たちに卑怯を軽蔑されるので、勇んで戦線におもむくといわれている。おどらぬ男には嫁に行かぬと「酋長の娘」にいわれては土人の若者はおどらずにはおられまい。 ところで今日・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・彼において、法への愛と祖国への愛とがひとつになって燃え上った。彼は仏子であって同時に国士であった。法の建てなおしと、国の建てなおしとが彼の使命の二大眼目であり、それは彼において切り離せないものであった。彼及び彼の弟子たちは皆その法名に冠する・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 彼らに祖国への愛を植えつけるためには、非合理的なるものへの直観を要し、さらに彼らに神への帰依を目ひらかしむるためには、啓示への受容を説かなければならないからである。 人間教育者としてのわれわれの任務を思うとき、われわれは彼ら純真の・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・ 最後に母性の愛は公のために犠牲を要求されねばならぬ。 祖国の安危のために、世界の平和のために、人道と文明のために、たちがたき恩愛をたって、自分の子を供えものにせねばならぬ。マリアはキリストを、乃木夫人は二人の息子を、この要求のため・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・そして、それはまた、労働者農民の祖国サヴェート同盟に対する戦争の準備ともなっているのだ。 こういう時にあたって、全国から十二万の働いている青年たちが、初年兵として兵営の中へ吸いこまれて行く。ブルジョアジーは労働者や、労働者や農民の出身で・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・それは、「幾世紀も幾千年にも亘る祖国の存在によって固められた最も深い感情の一つである。」だが、それだけに階級の対立する社会では、最も多く支配階級に利用され得る感情である。そしてしば/\、真実の隠蔽のためにその文句が繰りかえされる。これが文学・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ 祖国を愛する情熱、それを持っていない人があろうか。けれども、私には言えないのだ。それを、大きい声で、おくめんも無く語るという業が、できぬのだ。出征の兵隊さんを、人ごみの陰から、こっそり覗いて、ただ、めそめそ泣いていたこともある。私は丙・・・ 太宰治 「鴎」
・・・世は滔々として民主革命の行われつつあり、同胞ひとしく祖国再建のため、新しいスタートラインに並んで立って勇んでいるのに、僕ひとりは、なんという事だ。相も変らず酔いどれて、女房に焼きもちを焼いて、破廉恥の口争いをしたりして、まるで地獄だ。しかし・・・ 太宰治 「春の枯葉」
出典:青空文庫