・・・稲見の母親はお栄と云って、二三年前の疫病に父母共世を去って以来、この茂作と姉弟二人、もう七十を越した祖母の手に育てられて来たのだそうです。ですから茂作が重病になると、稲見には曽祖母に当る、その切髪の隠居の心配と云うものは、一通りや二通りでは・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・――残ったのは七十に近い祖母と、十ウばかりの弟ばかり。 父は塗師職であった。 黄金無垢の金具、高蒔絵の、貴重な仏壇の修復をするのに、家に預ってあったのが火になった。その償いの一端にさえ、あらゆる身上を煙にして、なお足りないくらいで、・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・……歯が鳴り、舌が滑に赤くなって、滔々として弁舌鋭く、不思議に魔界の消息を洩す――これを聞いたものは、親たちも、祖父祖母も、その児、孫などには、決して話さなかった。 幼いものが、生意気に直接に打撞る事がある。「杢やい、実家はどこだ。・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・鳥か、獣か、それともやっぱり土蜘蛛の類かと、訪ねると、……その頃六十ばかりだった織次の祖母さんが、「あれはの、二股坂の庄屋殿じゃ。」といった。 この二股坂と言うのは、山奥で、可怪い伝説が少くない。それを越すと隣国への近路ながら、人界・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・まかせにした方がと云って人にたのんで橋をかけてもらい世を渡る事が下手でない聟だと大変よろこび契約の盃事まですんでから此の男の耳の根にある見えるか見えないかほどのできもののきずを見つけていやがり和哥山の祖母の所へ逃げて行くと家にも置かれないの・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・ 其処で、私は、眠ている祖母の傍に行って揺って起こそうとした。すると母は、『お前、昼眠をせんで起きているのか、頭に悪いから斯様熱いのに外へは出られんから少し眠て起きれ。』といって、また其儘眠ってしまった。私は、張合が抜けて父の室に行って・・・ 小川未明 「感覚の回生」
・・・これにつけて、忘れ難きは、四万八千日の日に、祖母は、毎年のごとく、頭痛持ちの私にお加持をしてもらうべくお寺へつれて行ったのでありますが、そのかえりに寺の前の八百屋でまくわ瓜を買ってくるのを例としたことです。 先年、初夏の頃、水郷を旅行し・・・ 小川未明 「果物の幻想」
・・・ すると祖母さんが出てきて、『子供はりくつをいったってわからない。かわいがるもののところへいくものだ。』といわれたのです。おまえたちは、その女の子をだれだと思うの、お母さんなんですよ。このごろ、ちょうが、毎日ゆりの花へくるのを見て、・・・ 小川未明 「黒いちょうとお母さん」
・・・妻の村であった。窓から顔を出してみると、プラットホームの乗客の間に背丈の高い妻の父の羽織袴の姿が見え、紋付着た妻も、袴をつけた私の二人の娘たちも見えた。四人は前の方の車に乗った。妻の祖母と総領の嫁さんとは私たちの窓の外へ来て悔みを言った。次・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
母親がランプを消して出て来るのを、子供達は父親や祖母と共に、戸外で待っていた。 誰一人の見送りとてない出発であった。最後の夕餉をしたためた食器。最後の時間まで照していたランプ。それらは、それらをもらった八百屋が取りに来・・・ 梶井基次郎 「過古」
出典:青空文庫