・・・「いかがです? お気に入りましたか?」 主人は微笑を含みながら、斜に翁の顔を眺めました。「神品です。元宰先生の絶賞は、たとい及ばないことがあっても、過ぎているとは言われません。実際この図に比べれば、私が今までに見た諸名本は、こと・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・風景や静物にもすばらしいのはあるが、その女の肖像画にいたっては神品だというよりほかに言葉がない。瀬古 おいおいそれは誰の事だい。ともちゃん、おまえ覚えがある。花田 まあ、あとでわかるから黙って聞け。……ところで、奴が死んでみると・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・それは鼎のことであるからけだし当時宮庭へでも納めたものであったろう、精中の精、美中の美で、実に驚くべき神品であった。はじめ明の成化弘治の頃、朱陽の孫氏が曲水山房に蔵していた。曲水山房主人孫氏は大富豪で、そして風雅人鑑賞家として知られた孫七峯・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・二 先生の文は殆ど神品であった。鬼工であった、予は先生の遺稿に対する毎に、未だ曽て一唱三嘆、造花の才を生ずるの甚だ奇なるに驚かぬことはない。殊に新聞紙の論説の如きは奇想湧くが如く、運筆飛ぶが如く、一気に揮洒し去って多く改竄し・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・ダヴィンチは、ばかな一こくの辛酸を嘗めて、ジョコンダを完成させたが、むざん、神品ではなかった。神と争った罰である。魔品が、できちゃった。ミケランジェロは、卑屈な泣きべその努力で、無智ではあったが、神の存在を触知し得た。どちらが、よけい苦しか・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・何百年、何千年経っても不滅の名を歴史に残しているほどの人物は、私たちには容易に推量できないくらいに、けたはずれの神品に違いない。羽左衛門の義経を見てやさしい色白の義経を胸に画いてみたり、阪東妻三郎が扮するところの織田信長を見て、その胴間声に・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・これを、詩人が一本の万年筆と一束の紙片から傑作を作りあげ、画家が絵の具とカンバスで神品を生み出すのと比べるとかなりな相違があるのを見のがすことはできない。映画芸術の経済的社会的諸問題はここから出発するのである。 映画の成立・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫