・・・治修はこの二人を召し、神妙の至りと云う褒美を与えた。それから「どうじゃ、痛むか?」と尋ねた。すると一人は「難有い仕合せ、幸い傷は痛みませぬ」と答えた。が、三右衛門は苦にがしそうに、「かほどの傷も痛まなければ、活きているとは申されませぬ」と答・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・が、画は見ていれば見ているほど、ますます神妙を加えて行きます。「いかがです? お気に入りましたか?」 主人は微笑を含みながら、斜に翁の顔を眺めました。「神品です。元宰先生の絶賞は、たとい及ばないことがあっても、過ぎているとは言わ・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・が、神妙な彼等を見ると、どうしても銃剣が突き刺せなかった。「ニイ、殺すぞ!」 彼はやむを得ず繰返した。するとそこへ村の方から、馬に跨った騎兵が一人、蹄に砂埃を巻き揚げて来た。「歩兵!」 騎兵は――近づいたのを見れば曹長だった・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・庶務課長のじろりとした眼を情けなく顔に感じながら、それでも神妙にいろいろ受け応えし、採用と決った。けれども、翌日行ってみると、やらされた仕事は給仕と同じことだった。自転車に乗れる青年を求むという広告文で、それと察しなかったのは迂濶だった。新・・・ 織田作之助 「雨」
・・・彼等はそれぞれ、おっさん、鯨や、とか、どじょうにしてくれとか粋な声で注文して、運ばれて来るのを寿司詰の中で小さくなりながら如何にも神妙な顔をして箸を構えて、待っているのである。何気なくふと暖簾の向うを通る女の足を見たりしているが、汁が来ると・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・まじきはこのことと俊雄ようやく夢覚めて父へ詫び入り元のわが家へ立ち帰れば喜びこそすれ気振りにもうらまぬ母の慈愛厚く門際に寝ていたまぐれ犬までが尾をふるに俊雄はひたすら疇昔を悔いて出入りに世話をやかせぬ神妙さは遊ばぬ前日に三倍し雨晨月夕さすが・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・とさかんに神妙がっている様子である。彼等には、それでよいのかも知れない。すべて、生活の便法である。非難すべきではない。けれども、いやしくも作家たるものが、鴎外を読んだからと言って、急に、なんだか真面目くさくなって、「勉強いたして居ります。」・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・東京に住む俗な友人は、北京の人の諤々たる時事解説を神妙らしく拝聴しながら、少しく閉口していたのも事実であった。私は新聞に発表せられている事をそのとおりに信じ、それ以上の事は知ろうとも思わない極めて平凡な国民なのである。けれども、また大隅君に・・・ 太宰治 「佳日」
・・・青扇は神妙にそう言って、立ちあがった。それからひとりごとのように呟くのである。「四十二の一白水星。気の多いとしまわりで弱ります。」 僕はころげるようにして青扇の家から出て、夢中で家路をいそいだものだ。けれど少しずつ落ちつくにつれて、なん・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ 結婚後、私にも、そんなに大きい間違いが無く、それから一年経って甲府の家を引きはらって、東京市外の三鷹町に、六畳、四畳半、三畳の家を借り、神妙に小説を書いて、二年後には女の子が生れた。北さんも中畑さんもよろこんで、立派な産衣を持って来て・・・ 太宰治 「帰去来」
出典:青空文庫