・・・茶会というものは、ただ神妙にお茶を一服御馳走になるだけのものかと思っていたら、そうではない。さまざまの結構な料理が出る。酒も出る。まさかこの聖戦下に、こんな贅沢は出来るわけがないし、また失礼ながらあまり裕福とは見受けられない黄村先生のお茶会・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・しかしまた、きざに大先生気取りして神妙そうな文学概論なども言いたくないし、一つ一つ言葉を選んで法螺で無い事ばかり言おうとすると、いやに疲れてしまうし、そうかと言って玄関払いは絶対に出来ないたちだし、結局、君たちをそそのかして酒を飲みに飛び出・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
・・・ 二十歳の三郎は神妙な内気な青年になっていた。お盆の来るごとに亡き母の思い出を溜息つきながらひとに語り、近所近辺の同情を集めた。三郎は母を知らなかった。彼が生れ落ちるとすぐ母はそれと交代に死んだのである。いまだかつて母を思ってみたことさ・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・幸福なる哉、なんて、筆者は、おそろしく神妙な事を弁じ立てましたけれども、筆者の本心は、必ずしも以上の陳述のとおりでもないのであります。筆者は、やはり人間は、美しくて、皆に夢中で愛されたら、それに越した事は無いとも思っているのでございますが、・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ ある家庭で歳末に令嬢二人母君から輪飾りに裏白とゆずり葉と御幣を結び付ける仕事を命ぜられて珍しく神妙にめったにはしない「うちの用」をしていた。裏白やゆずり葉を輪の表に縛り付けるか裏につけるかを議論していた。そのうちに妹の方が「こんなもの・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ いつもいつも下を見てテクテク神妙に歩く栄蔵も、はてしなく真直につづく土面を見あきて、遠い方ばかりを見て居た。 五六軒ならんだ人家をよぎると又一寸の間小寂しい畑道で、漸くそこの竹籔の向うに、家の灯がかすかに光るのを見られる所まで来て・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・国から来た親類には、随分やかましい事を言われる様子で、お蝶はいつも神妙に俯向いて話を聞いていても、その人を帰した跡では、直ぐ何事もなかったように弾力を回復して、元気よく立ち働く。そしてその口の周囲には微笑の影さえ漂っている。一体お蝶は主人に・・・ 森鴎外 「心中」
・・・さて牢屋敷から棧橋まで連れて来る間、この痩肉の、色の青白い喜助の様子を見るに、いかにも神妙に、いかにもおとなしく、自分をば公儀の役人として敬って、何事につけても逆らわぬようにしている。しかもそれが、罪人の間に往々見受けるような、温順を装って・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
出典:青空文庫