・・・この女をここへ遣わされたのもあるいはそう云う神意かも知れない。「お子さんはここへ来られますか。」「それはちと無理かと存じますが……」「ではそこへ案内して下さい。」 女の眼に一瞬間の喜びの輝いたのはこの時である。「さようで・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・は云わば神意である。すると我我の自己欺瞞は世界の歴史を左右すべき、最も永久な力かも知れない。 つまり二千余年の歴史は眇たる一クレオパトラの鼻の如何に依ったのではない。寧ろ地上に遍満した我我の愚昧に依ったのである。哂うべき、――しかし壮厳・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・伝説に依ると、水内郡荻原に、伊藤豊前守忠縄というものがあって、後堀河天皇の天福元年(四条天皇の元年で、北条泰時にこの山へ上って穀食を絶ち、何の神か不明だがその神意を受けて祈願を凝らしたとある。穀食を絶っても食える土があったから辛防出来たろう・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・人為の極度にも、何かしら神意が舞い下るような気がしないか。エッフェル鉄塔が夜と昼とでは、約七尺弱、高さに異変を生ずるなど、この類である。鉄は、熱に依って多少の伸縮があるものだけれども、それにしても、約七尺弱とは、伸縮が大袈裟すぎる。そこが、・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・加茂の明神がかく鳴かしめて、うき我れをいとど寒がらしめ玉うの神意かも知れぬ。 かくして太織の蒲団を離れたる余は、顫えつつ窓を開けば、依稀たる細雨は、濃かに糺の森を罩めて、糺の森はわが家を遶りて、わが家の寂然たる十二畳は、われを封じて、余・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
出典:青空文庫