俊寛云いけるは……神明外になし。唯我等が一念なり。……唯仏法を修行して、今度生死を出で給うべし。源平盛衰記いとど思いの深くなれば、かくぞ思いつづけける。「見せばやな我を思わぬ友もがな磯のとまやの柴の庵を。」同上一・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・一行は皆この犬が来たのは神明の加護だと信じている。 時事新報。十三日名古屋市の大火は焼死者十余名に及んだが、横関名古屋市長なども愛児を失おうとした一人である。令息武矩はいかなる家族の手落からか、猛火の中の二階に残され、すでに灰燼となろう・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・恐らく彼は、神明の加護と自分の赤誠とで、修理の逆上の鎮まるように祈るよりほかは、なかったのであろう。 その年の八月一日、徳川幕府では、所謂八朔の儀式を行う日に、修理は病後初めての出仕をした。そうして、その序に、当時西丸にいた、若年寄の板・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・その時、外濠線の電車が、駿河台の方から、坂を下りて来て、けたたましい音を立てながら、私の目の前をふさいだのは、全く神明の冥助とでも云うものでございましょう。私たちは丁度、外濠線の線路を、向うへ突切ろうとしていた所なのでございます。 電車・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・半死の船子は最早神明の威令をも奉ずる能わざりき。 学生の隣に竦みたりし厄介者の盲翁は、この時屹然と立ちて、諸肌寛げつつ、「取舵だい」と叫ぶと見えしが、早くも舳の方へ転行き、疲れたる船子の握れる艪を奪いて、金輪際より生えたるごとくに突・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・ 神明を叱咤するの権威には、驚嘆せざるを得ぬではないか。 急を聞いて馳せつけた四条金吾が日蓮の馬にとりついて泣くのを見て、彼はこれを励まして、「この数年が間願いし事是なり。此の娑婆世界にして雉となりし時は鷹につかまれ、鼠となりし時は・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・という事を人にして現わしたようなものであったり、あるいは強くて情深くて侠気があって、美男で智恵があって、学問があって、先見の明があって、そして神明の加護があって、危険の時にはきっと助かるというようなものであったり、美女で智慮が深くて、武芸が・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・ 今戸橋をわたると広い道路は二筋に分れ、一ツは吉野橋をわたって南千住に通じ、一ツは白鬚橋の袂に通じているが、ここに瓦斯タンクが立っていて散歩の興味はますますなくなるが、むかしは神明神社の境内で梅林もあり、水際には古雅な形の石燈籠が立って・・・ 永井荷風 「水のながれ」
・・・といえる歌は彼の神明的理想を現したるものにて、この種の思想が日本の歌人に乏しかりしは論を竢たず。一般に天然に対する歌人の観察は極めて皮相的にして花は「におう」と詠み、月は「清し」と詠み、鳥は「啼く」、とのみ詠むのほか、花のうつくしさ、月の清・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・「あんな巡査じゃだめでさあ、あのお神明さんの池ね、あすこに鯉が居るでしょう、県の規則で誰にもとらせないんです。ところが、やっぱり夜のうちに、こっそり行くものがあるんです。それぁきっとよく捕れるんでしょう。バキチはそれをきいたのです。毎晩お神・・・ 宮沢賢治 「バキチの仕事」
出典:青空文庫