・・・ 手品、剣舞、幻燈、大神楽――そう云う物ばかりかかっていた寄席は、身動きも出来ないほど大入りだった。二人はしばらく待たされた後、やっと高座には遠い所へ、窮屈な腰を下す事が出来た。彼等がそこへ坐った時、あたりの客は云い合わせたように、丸髷・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・「……諏訪――の海――水底、照らす、小玉石――手には取れども袖は濡さじ……おーもーしーろーお神楽らしいんでございますの。お、も、しーろし、かしらも、白し、富士の山、麓の霞――峰の白雪。」「それでは、お富士様、お諏訪様がた、お目か・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・「大神楽!」 と喚いたのが第一番の半畳で。 一人口火を切ったから堪らない。練馬大根と言う、おかめと喚く。雲の内侍と呼ぶ、雨しょぼを踊れ、と怒鳴る。水の輪の拡がり、嵐の狂うごとく、聞くも堪えない讒謗罵詈は雷のごとく哄と沸く。 ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・五 神楽坂路考 これほどの才人であったが、笑名は商売に忙がしかった乎、但しは註文が難かしかった乎して、縁が遠くてイツまでも独身で暮していた。 その頃牛込の神楽坂に榎本という町医があった。毎日門前に商人が店を出したというほ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・欅の樹で囲まれた村の旧家、団欒せる平和な家庭、続いてその身が東京に修業に行ったおりの若々しさが憶い出される。神楽坂の夜の賑いが眼に見える。美しい草花、雑誌店、新刊の書、角を曲がると賑やかな寄席、待合、三味線の音、仇めいた女の声、あのころは楽・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ただこの頃折々牛込の方へ出ると神楽坂上の紙屋の店へ立寄って話し込んでいる事がある。この紙屋というのは竹村君と同郷のもので、主人とは昔中学校で同級に居た事がある。いつか偶然に出くわしてからは通りがかりに声を掛けていたが、この頃では寄るとゆるゆ・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・ 向うの神楽殿には、ぼんやり五つばかりの提灯がついて、これからおかぐらがはじまるところらしく、てびらがねだけしずかに鳴っておりました。(昌一と亮二は思いながら、しばらくぼんやりそこに立っていました。 そしたら向うのひのきの陰の暗い掛・・・ 宮沢賢治 「祭の晩」
なほ子は、従弟の部屋の手摺から、熱心に下の往来の大神楽を見物していた。その大神楽は、朝早くから温泉町を流しているのだが、坂の左右に並んだ温泉町は小さいから、三味線、鉦などの音が町の入口から聞えた。 今、彼等は坂のつき当・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
小石川――目白台へ住むようになってから、自然近いので山伏町、神楽坂などへ夜散歩に出かけることが多くなった。元、椿山荘のあった前の通りをずっと、講釈場裏の坂へおり、江戸川橋を彼方に渡って山伏町の通りに出る。そして近頃、その通・・・ 宮本百合子 「茶色っぽい町」
・・・この関係を示すものとして、たとえば神代神楽を能と比較しつつ考察してみるがよい。同じ様式の女の面が能の動作と神楽の動作との相違によっていかにはなはだしく異なったものになるか。能の動作の中に全然見られないような、柔らかな、女らしい体のうねりが現・・・ 和辻哲郎 「面とペルソナ」
出典:青空文庫