・・・ 四 ペナンとコロンボ四月十三日 ……馬車を雇うて植物園へ行く途中で寺院のような所へはいって見た。祭壇の前には鉄の孔雀がある。参詣者はその背中に突き出た瘤のようなものの上で椰子の殻を割って、その白い粉を額へ塗・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 物質と生命をただそのままに祭壇の上に並べ飾って賛美するのもいいかもしれない。それはちょうど人生の表層に浮き上がった現象をそのままに遠くからながめて甘く美しいロマンスに酔おうとするようなものである。 これから先の多くの人間がそれに満・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・その朝は早々起きて物置の二階から祭壇を下ろし煤を払い雑巾をかけて壇を組みたてようとすると、さて板がそりかえっていてなかなか思うようにならぬのをようやくたたき込む。その間に父上は戸棚から三宝をいくつも取下ろして一々布巾で清めておられる。いや随・・・ 寺田寅彦 「祭」
・・・自ら進んで自己を進歩の祭壇に提供する犠牲もある。――新式の吉田松陰らは出て来るに違いない。僕はかく思いつつ常に世田ヶ谷を過ぎていた。思っていたが、実に思いがけなく今明治四十四年の劈頭において、我々は早くもここに十二名の謀叛人を殺すこととなっ・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・路に迷いて御堂にしばし憩わんと入れば、銀に鏤ばむ祭壇の前に、空色の衣を肩より流して、黄金の髪に雲を起せるは誰ぞ」 女はふるえる声にて「ああ」とのみいう。床しからぬにもあらぬ昔の、今は忘るるをのみ心易しと念じたる矢先に、忽然と容赦もなく描・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・お前のお父さんは七年前の不作のとき祭壇に上って九日祷りつづけられた。お前のお父さんはみんなのためには命も惜しくなかったのだ。ほかの人たちはどうだ。ブランダ。言ってごらん。」 ブランダと呼ばれた子はすばやくきちんとなって答えました。「・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
・・・向うには勿論花で飾られた高い祭壇が設けられていました。そのとき、私は又、あの狼煙の音を聞きました。はっと気がついて、私は急いでその音の方教会の裏手へ出て行って見ました。やっぱり陳氏でした。陳氏は小さな支那の子供の狼煙の助手も二人も連れて来て・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・余の祭壇には多くの捧物なせる中に最大の一なりし余が laura を捧げたる夫れなりき。而して余は神の供物を再び余のものたらしめんとするなり。汚涜の罪何をもつてかそゝがれんや。ヒソプも亦能はざるなり。苦痛、苦痛、苦痛。神よ、願くば再び彼女と相・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・我妹、雪白の祭壇の上に潔く安置された柩の裡にあどけないすべての微笑も、涙も、喜びも、悲しみも皆納められたのであろうか。永久に? 返る事なく? 只一度の微笑みなり一滴の涙なりを只一度とのこされた姉は希うのである。 思い深く沈んだ夜は私・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・朝 園を見まわり身体を浄め心 裸身で大理石の 祭壇に ぬかずく。或時は 常春藤の籠にもり或時は 石蝋の壺に納め心 はるばると、祈りを捧げる 神よ、四時の ささやかな人間の寄進を 納め給え、と。・・・ 宮本百合子 「五月の空」
出典:青空文庫