・・・と自分が言うを老人は笑って打消し、「大丈夫だよ、今夜だけだもの。私宅だって金庫を備えつけて置くほどの酒屋じゃアなし、ハッハッハッハッハッハッ。取られる時になりゃ私の処だって同じだ。大井様は済んだとして、後の二軒は誰が行く筈になっています・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 私はその人から晩ごはんのごちそうになるのはどうにも苦痛だったので、お昼ちょっと過ぎ、町はずれの彼の私宅にあやまりに行った。その日は日曜であったのだろう、彼は、ドテラ姿で家にいた。「晩餐会は中止にして下さい。どうも、考えてみると、こ・・・ 太宰治 「やんぬる哉」
・・・ 第二学年の学年試験の終わったあとで、その時代にはほとんど常習となっていたように、試験をしくじった同郷同窓のために、先生がたの私宅へ押しかけて「点をもらう」ための運動委員が選ばれた時、自分もその一員にされてしまった。そうしてそのためにも・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・ もし東京市民が申し合せをして私宅の風呂をことごとく撤廃し、大臣でも職工でも皆同じ大浴場の湯気にうだるようにしたら、存外六ヶしい世の中の色々の大問題がヤスヤス解決される端緒にもなりはしまいか。こんな事を考えてみたこともある。 風呂場・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
熊本第五高等学校在学中第二学年の学年試験の終わったころの事である。同県学生のうちで試験を「しくじったらしい」二三人のためにそれぞれの受け持ちの先生がたの私宅を歴訪していわゆる「点をもらう」ための運動委員が選ばれた時に、自分・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・けれどもその当時は毎週五、六時間必ず先生の教場へ出て英語や歴史の授業を受けたばかりでなく、時々は私宅まで押し懸けて行って話を聞いた位親しかったのである。 先生はもと母国の大学で希臘語の教授をしておられた。それがある事情のため断然英国を後・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
出典:青空文庫