・・・作者の私生活と交渉のなかった単なる読者は最後の『回外剰筆』を読むまでは恐らく馬琴が盲したのを全く知らなかったろう。一体が何事にも執念く、些細な日常瑣事にすら余りクドクド言い過ぎる難があるが、不思議に失明については思切が宜かった。『回外剰筆』・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・もっとも坂田の修業振りや私生活が私のそれに似ているというのではない。いうならば所謂坂田の将棋の性格、たとえば一生一代の負けられぬ大事な将棋の第一手に、九四歩突きなどという奇想天外の、前代未聞の、横紙破りの、個性の強い、乱暴な手を指すという天・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・作家の私生活、底の底まで剥ごうとする。失敬である。安売りしているのは作品である。作家の人間までを売ってはいない。謙譲は、読者にこそ之を要求したい。 作家と読者は、もういちど全然あたらしく地割りの協定をやり直す必要がある。 いちばん高・・・ 太宰治 「一歩前進二歩退却」
・・・私は、或いは、かの物語至上主義者になりつつあるのかも知れない。私生活に就ての手落は、私生活の上で、実際に示すより他は無い。見ていて下さい。いまに私は、諸君と一点うしろ暗いところなく談笑できるほどの男になります。それは、いつわりの無い、白々し・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ 羽左衛門の私生活なども書いてみたい。朝起きてから、夜寝るまで。面白いだろうと思う。題は「たちばな。」けれども、私は、男女川の小説も、羽左衛門の物語も、一生涯、書く事は無いだろう。或る種の作家は、本気に書くつもりの小説を前もって広告する・・・ 太宰治 「男女川と羽左衛門」
・・・この一字に依って、双葉山の十年来の私生活さえわかるような気がしたのである。横綱の忍の教えは、可憐である。 太宰治 「横綱」
・・・「党生活と私生活との二重性の」「統一を一作家の資格においてなしとげたいと希っている。」その当然の希望は、政治生活を作家生活にきりかえている特権者であるわたしの「きまりきった」「一人の文学者としてではなく、いわば組合の指導者でも云いそうな正論・・・ 宮本百合子 「孫悟空の雲」
出典:青空文庫