・・・久保田君の時に浮ぶる微笑も微苦笑と称するを妨げざるべし。唯僕をして云わしむれば、これを微哀笑と称するの或は適切なるを思わざる能わず。 既にあきらめに住すと云う、積極的に強からざるは弁じるを待たず。然れども又あきらめに住すほど、消極的に強・・・ 芥川竜之介 「久保田万太郎氏」
・・・林木なぞの設色も、まさに天造とも称すべきものです。あすこに遠峯が一つ見えましょう。全体の布局があのために、どのくらい活きているかわかりません」 今まで黙っていた廉州先生は、王氏のほうを顧みると、いちいち画の佳所を指さしながら、盛に感歎の・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・極めて浅薄なる娯楽に目も又足らざるの観あるは、誠に嘆しき次第である、それに換うるにこれを以てせば、いかばかり家庭の品位を高め趣味的の娯楽が深からんに、躁狂卑俗蕩々として風を為せる、徒に華族と称し大臣と称す、彼等の趣味程度を見よ、焉ぞ華族たり・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・耳あり防を欠く 塚中血は化す千年碧なり 九外屍は留む三日香ばし 此老の忠心きようじつの如し 阿誰貞節凜として秋霜 也た知る泉下遺憾無きを ひつぎを舁ぐの孤児戦場に趁く 蟇田素藤南面孤を称す是れ盗魁 匹として蜃気楼堂を吐くが如・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ しかるにこのデンマーク本国がけっして富饒の地と称すべきではないのであります。国に一鉱山あるでなく、大港湾の万国の船舶を惹くものがあるのではありません。デンマークの富は主としてその土地にあるのであります、その牧場とその家畜と、その樅と白・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・と先生は、まじめになって、「あれは興味の深い動物、そうじゃ、まさしく珍動物とでも称すべきでありましょう。」いよいよ鹿爪らしくなった。私は縁側に腰をかけ、しぶしぶ懐中から手帖を出した。このように先生が鹿爪らしい調子でものを言い出した時には、私・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・死ぬるばかりの猛省と自嘲と恐怖の中で、死にもせず私は、身勝手な、遺書と称する一聯の作品に凝っていた。これが出来たならば。そいつは所詮、青くさい気取った感傷に過ぎなかったのかも知れない。けれども私は、その感傷に、命を懸けていた。私は書き上げた・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・色慾の Warming-up とでも称すべきか。」 ここに一個または数個と記したのは、同時に二人あるいは三人の異性を恋い慕い得るという剛の者の存在をも私は聞き及んでいるからである。俗に、三角だの四角だのいう馬鹿らしい形容の恋の状態をも考・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・男と女が、コオヒイと称する豆の煮出汁に砂糖をぶち込んだものやら、オレンジなんとかいう黄色い水に蜜柑の皮の切端を浮べた薄汚いものを、やたらにがぶがぶ飲んで、かわり番こに、お小用に立つなんて、そんな恋愛の場面はすべて浅墓というべきです。先日、私・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ つまり各部門においては現在既知の知識の終点を究め、同時に未来の進路に対して適当の指針を与え得るものが先ず理想的の権威と称すべきものではあるまいか。 現在既知の科学的知識を少しの遺漏もなく知悉するという事が実際に言葉通りに可能である・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
出典:青空文庫